思考の屑篭

建築の起源について
建築の根源ないし原理を、ヴィドラーは「ソロモンの神殿」と「アダムの家」の二項に大別している。すなわち、神の力による建造物という象徴的・フリーメイソン的な発想と、自然の力に基づく原始の小屋という唯物論的な思考の二種である。明快な二分法だが、しかしルドゥーにおいては、この二つのアルケーが混濁しながら共存しているのではないだろうか。例えば「墓地の立面図」と題された節(七つの惑星を描いた奇妙な図版が付されている)で語られるのは、デミウルゴスによる天地創造譚である。

新しい世界が始まる。混沌が広がる。海と大地が世界を包む以前は、自然は全宇宙によって作られた唯一の形態しか持たなかった。それは万物の起源を含む、生のままの塊であった。造物主が我々のために創造したものを、遍く感知することのできない人間とは、いったい何であろう。
(Ledoux, p. 332.)

また、『建築論』の至るところで名を呼ばれる古代の神々(例示)は、この建築家の神話的な世界観を物語るだろう。
 その一方でルドゥーは、自然状態における原始的建築という発想にも依拠している。もっとも、彼が唱えるのはロージェ式の「原始の小屋」ではなくて、人間に自然が与えた家としての宇宙という観念だ。ここでは、宇宙と地上の建築の間に、一種の照応関係が取り結ばれることとなる。

この驚くほどに広漠とした宇宙こそは、貧者の家である。無一文となった富者の家である。丸天井の代わりに蒼穹があり、それは群れ集う神々に通じている。[…]貧者に自然が与えたものを見よ。王も皇帝も、神々でさえも、これほど巨大な宮殿を持ちうるであろうか。
(Ledoux, p. 155.)

神の家と原始の小屋という建築の二起源は、ルドゥーにおいては神の造化による自然を媒介項として連続するのだ。

ルドゥーは、一方で「性格」概念を援用しつつ(「語る建築」)、他方で、純粋で即物的な形態(建築のアルファベットとしての幾何学図形)への志向によってそれを裏切る。八束はじめは、このような幾何学的要素と、さらには古典建築に由来する基本的な「語彙」との連結に、ルドゥーの建築構想の基底的性質を見出す。

ルドゥの用いた書記素、それは「円」や「正方形」といったプライマリーな幾何学の「アルファベット」に加えて、古典建築の形成した語彙であった。ルドゥはそれらにさらに古代の秩序的規範を超えて誇張されたプロポーションを与えて結合する。こうしたシクロフスキーなら「異化」の好例と呼びそうな操作によって、建築は強い意味付与(喚起)性をもつが、にも拘らずその語源性によって明らかな古代参照性を共有する。ルドゥは古代の偉容という言語の慣習性に建築を従わせることを欲するのである。
(八束、『逃走するバベル――建築・革命・消費――』朝日新聞社、1982年、48-49ページ。)

八束が言うには、この建築言語における「抽象的[幾何学的]要素と歴史的具体的要素[古代建築の断片]の二元論的な結合」とは、当時の新旧論争を、逆説的な形で止揚したものに他ならない。旧派の理論では、既に古代において絶対的な規範性が確立されているが、一方で新派の代表的論者ペローは、普遍的美と慣習的な美との二項対立を確立することで、現代による革新の余地を確保しようとした。ルドゥーは、その建築言語のレパートリーを「古代のテクストの自由な引用、翻案、パロディ化」とせしめたのであり、これは新派が樹立した「古典的規範/現代による革新」の二元論を、「異様な形で宙づりにしてしまった」のだという。そして、この建築の「言語」の背反的二義性は、ルドゥーによる社会計画がもつ二重性――古代的秩序に属する祭司的・家父長的な権威と、近代的・資本主義的な監視装置の並存――にも現れ出ている、と八束は指摘する。


新古典主義建築と「円」の象徴性
新古典主義時代の円形や球体へのオブセッションは、明示的な形態を取るばかりではなかった。一見すると常識的・約定的な外観をもつ建築物にも、円や球が巧妙に隠されていることもある。例えばソロモン神殿の想像的復元やオデオン座の設計でも知られる建築家、シャルル・ド・ヴァイイである。彼の円という形態への偏愛は、ルドゥーに比肩するほどだ。しかしヴァイイは、ショーの墓地(ルドゥー)やニュートン記念堂(ブレー、1984年頃))のような露骨な表現は、ほぼ採用することがなかった。円形や球体は、内接円ないし内接球という形で、建築空間の中に隠匿されているのである(c.f. Mosser & Rabreau, «Nature et architecture parlante : Soufflot, De Wailly et Ledoux touchés par les Lumières », ed. par Daniels, Ternois, Soufflot et l’architecture des Lumières, SNRS, 1980, pp. 223-239.)。