日本における「建築書」の系譜(work in progress)

・平政隆『愚子見記』全9冊、1683(天和3)年(1669年以前から執筆開始)。
法隆寺の工匠(大工棟梁)による技術書。内裏や諸社寺の建物の形状や寸法、建築費の積算、工事仕様なども記す。宮大工の扱う建築類型の事例を記録。細部は口伝となっており、当時の日本の建築術が基本的には家伝・秘伝(対面によって口頭で伝えられる)であったことが分かる(Cf. 技術論としての西洋の建築書)。

レファレンス協同データベース「『愚子見記』について知りたい」:https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000136748

ここでは後に堂・祠・居と分類される正統としての宮大工が扱ってきたビルディング・タイプの事例が記録されている。(磯崎新磯崎新建築論集7 建築のキュレーション:網目状権力と決定』岩波書店、2013年、p. vii。)

 

廃棄の文化誌 新装版―ゴミと資源のあいだ

廃棄の文化誌 新装版―ゴミと資源のあいだ

 
廃棄の文化誌―ゴミと資源のあいだ

廃棄の文化誌―ゴミと資源のあいだ

 

遺棄された場所(abandoned places)について、ずっと考えている。廃墟や廃屋、その他管理者不明のままに半ば壊れつつ存続している人工的構築物のある場所を包括するための、仮の概念だ。Ruinが古代ギリシア・ローマの遺跡や中世ゴシック寺院の廃墟などの、固有名を持ち歴史化された(さらには後代から文化的な価値を付与された)建造物を、あるいは災厄や大規模破壊(カタストロフィ)、黙示録的終末(アポカリプス)の後に出来した残骸を指すことが多いのに対して、abandoned placeは、より広汎で緩慢な含意――いわば都市の中の空虚や意味の欠落、合法的な管理体制からの逸脱といったような――を持ちうるのではないか。そのように考えているところに、たまたま別件の原稿のために検索した情報から、ケヴィン・リンチの著作『廃棄の文化誌』(原著1990年)で、「廃棄された場所(wastelands, waste places)」なる概念が取り上げられていることを知った。

著者の遺稿を元に死後出版された本書は、様々な事柄が列挙されており、さらには結論部分を欠いていて、明晰な要約を取り出すことが難しいのだが、「廃棄された場所」概念は私自身の規定とかなり近いように思う。今後のための覚え書きとして、いくつか抜粋しておく。

 

 放棄された都市のイメージは、空想科学小説の中によく登場する。そして、その多くは、恐怖と退廃の場所である。しかし、これは、真実を完全に言い当てているわけではない。廃墟の中での生活にも、それなりの喜びはあるからである。壁、屋根、歩道、金属、鋼管、ガラス、機械。有用な素材は豊富にある。その風景は、自然な世界のどこよりも、はるかに茫漠として、自由と危険が混在した、誘惑的なものになりそうである。

(1994年版、48ページ)

 

都市は、廃棄された空間で溢れている。屋上、人のいない建物、放棄された土地、鉄道の待避線、あるいは高速道路の下、その周囲の空間。このような空間は、無用で使用されていないように見えるかもしれない。しかし、詳しく観察してみると、倉庫やゴミ置き場あるいはシェルターなどにふさわしい、周縁的な有用性を備えているのがつねである。

(同上、170ページ) 

 

Waste「廃棄されたもの」は「空虚なもの」「荒廃されたもの」という意味のラテン語vastusに由来するが、vastusは、また「内容のないもの」「無益なもの」という意味のラテン語vanusに近く、vanusは、サンスクリット語では「不足しているもの」「不充分なもの」の意味である。Wasteは、本来「巨大で、空虚で、荒れ果てた、使い途のない、人間に敵対するもの」という意味であった。

(同上、192ページ)

 

廃棄物は、人間にとっては価値がなく、使われないまま、外見上は有用な結果をもたらすこともなく、ものが減少することである。それは、損失、放棄、減退、離脱であり、また死である。それは、生産と消費の後に残る、使用済みの、価値のない物質であり、使われたすべてのもの、trash屑ゴミ、litter残り物、junkガラクタ、impurity不純、そしてdirt不浄をも意味することになる。身の周りを見渡してみると、廃棄されたモノ(廃棄物)、廃棄された土地(荒廃地)、廃棄された時間(無駄な時間)、そして廃棄された人生(浪費された人生)がある。

(同上、193ページ) 

 

廃棄物は、低所得者の居住地、荒れ果てた田園地帯、「開発途上」の国々、地階、屋根裏部屋、裏庭、道路の縁、使われていない敷地、湿地、そして都市の外周という社会の周縁へ移される。今日、巨大な都市は、都市を取り囲んでいたこれらの廃棄された領域と田舎の貧困層を吸収し、都市内の低開発地域と、都市の周縁階層にした。

反抗する者、社会の周縁にいる者、不法入国者にとって、廃棄された土地は避難の場所である。[…]廃棄された土地は、絶望の場所である。しかし、同時に、残存生物を保護し、新しいモノ、新しい宗教、新しい政治、生まれて間もなくか弱いものを保護する。廃棄された土地は、夢を実現する場所であり、 反社会的な行為の場所であり、探検と成長の場所でもある。

都市の内側でも、廃棄された場所は似たような役割を演じる。子供たちは、人のいない空き地で遊んで、しばし大人たちからの管理から解放される。裏通りは、サービスのアクセスや廃棄物を置くために設けられていたが、子供や浮浪者や犯罪者にも使われていた。

(同上、200-201ページ)

 

秋雨の降る中、上京していた母と共に国立西洋美術館松方コレクション展へ。松方幸次郎の経営していた川崎造船所の経営破綻に伴う作品の散逸や、ロンドンの保管倉庫の火災による焼失などで、コレクションの全容は不明とされてきたけれども、2016年にロンドンで1,000点近い作品リストが見つかったのをはじめ、今日ではだいぶその概要が分かってきたようである。展覧会は、松方コレクションの目玉となる「名品」(ゴッホの《アルルの寝室》など)のほか、松方の書簡やロンドンで発見されたコレクション・リストの一部、画商や所有者の経緯の辿れるカンヴァス裏面の貼り紙など、美術コレクションという制度そのものを見せようとするものだった。

松方幸次郎は、そのときどきの「目利き」的なアドヴァイザーの勧めによって作品購入していたとのことで、実際にこのコレクション展を見ても、松方自身が美術に対してどのような好みを持っていたのかがまったく伝わってこない。いくら「素人」でも、いやむしろ「素人」だからこそ、一定の趣味(例えばノスタルジックで情緒的な風景画が好きだとか、分かりやすくロマン主義的な傾向がある、といったような)が反映されそうに思うのだが。唯一「個人」が出ていたのは、自身の事業と重なる船の絵をいくつか集めていたということくらいか。コレクターの内面や主観を感じさせない、不思議なコレクションである。

むしろ、「松方が何を集めたか」よりも、「彼が集めなかったのはどのような傾向の作品なのか」を考える方が、松方コレクションの性質が浮き彫りになるのかもしれない。例えば、作品購入先がフランスとイギリスの画商に集中していたためか、イタリアやドイツなどの作品は、ルネサンス時代のオールドマスター品数点を除けば見当たらない。マティス、スーティン、藤田嗣治、その他イギリスのマイナー画家たちなど、1910-20年代の同時代美術もそれなりに購入していたようだが、キュビスム青騎士ダダイスムのようないわゆる「前衛」の作品は無い、など。(もちろん、今回は展示されていなかっただけかもしれないし、散逸したり焼失したりした収蔵品の中には、この種の作品が一定数含まれていたのかもしれない。近年全貌が明らかになりつつあるという松方コレクションの包括的なリストを見ないと、確実なことは言えないが。)

最後に飾られていた、倉庫での長年の保管によって、カンヴァスの半分が浸蝕されてしまっているモネの巨大な絵画が、何か物質的な迫力――時間が物質を蝕み、それが芸術という人間の営為を無意味なものにしてしまう、その証拠が目の前に物質として投げ出されている――があって凄まじかった。

断章的日記。

灰白色の懶惰を眠る。気に入りの、というよりも分離不安から手放せなくなってしまった獏のぬいぐるみを抱えて眠る。寝室には高い場所に小さな窓が一つあるだけで、昼間もいつも薄暗く、浅瀬のような眠りのなかに浮かぶには都合がよい。もちろんその合間には、PCの前で仕事をしたり、論文を提出したり、非常勤講義に赴いたり、職場の打合せに出たりもしているのだが、こうした覚醒している時間の方が、薄皮に包まれた幻影のような気がしてくる。他者との関係においてリフレクティヴに現れる、相対的で一時的でしかない自分から解放されて、自分自身でしかない自分に戻れたような気もするし、その一方で自分の顔が失くなってしまったという感じもある。

専任職に就職してから、あるいはそれなりにコンスタントに競争的研究資金が取れるようになってからかもしれないが、かつては自分にとって隠れ処であり救済であり、鎮痛剤であり同時に呪いでもあったはずの領野が、次第に義務感と使命感と規範意識だけで「ノルマをこなす」、「予め設定されている役割期待を読んで応える」ものになってしまい、もはやどこにも精神の安寧が見出せない状態だった。生のなかでの束の間の救いを、水中の魚を手で摑もうとするように、思考と言語によって捉えること、それ自体が自分自身にとっても、そしておそらくは他の同類の誰かにとっても救済であることに、かつての私は賭けていたはずだ。そのことさえ失念していた。とはいえ、自己完結した生温いディレッタンティズムがぐずぐずに腐敗してゆく事例も、少なからず傍観してきているから、20代の頃の青臭い理念をただそのままに取り戻そうなどとは思っていないけれども。

いくつかお誘いをいただきながら、未だ企画の詳細まで目処が立たないままだった次の単著のことを考えた。いろいろと考えを巡らせて、「性的建築」というテーマに辿り着く。言葉によって一つの建築物を築くような、そういう書物。大小さまざまな業務が次々に降ってくるなかで、締切の急迫性はないけれども本質的に大事なこの種の仕事を、着実に進めていかないと。

雨の降る夜に緑色の部屋で、今の自分の体温とあまり変わらない温度の書物なのではないかという予感があり、少し前に恵贈を受けた『戦時の手紙 ジャック・ヴァシェ大全』を少し読む。「アンケート、自殺はひとつの解決か?」。終焉でも救済でもなく解決(solution)。定冠詞ではなく不定冠詞(=une ひとつの)。「《死》はひとつの解決か?」ではなくて、「自殺は……」である。自殺とは一般的には、自ら死を選び、なんらかの積極的行為を実行することを指すだろう。主体的な自己決定なるものに価値が与えられる(啓蒙主義以降の?)社会において、出生は根源的に自己選択できず、死の自己選択は多くの場合倫理上、社会秩序上の禁忌であるという矛盾。この辺りは、近年流行りの反出生主義や尊厳死をめぐる議論の論点でもあるのだろうが、しかし「私たちはまるで夢を見るかのように自殺するようである」と言うヴァシェによる、アンケート冒頭部に付された文章を見れば、彼はむしろ「意志」という概念を信頼していないのだ。その意味では、様々な回答のなかでも、ジョルジュ=ミシェルとポール・ブラッシュなる人物の、「自殺は不測の事態であり、事前の予知は不可能であろう」という趣旨の答えが目に留まる。人間の意志によるコントロールから外れて、向こうからやって来るhasard(思いがけない偶然/運命の巡り合わせ/危険)のようなもの。

戦時の手紙: ジャック・ヴァシェ大全

戦時の手紙: ジャック・ヴァシェ大全

 

 

国立新美術館の「話しているのは誰? 現代美術に潜む文学」展内覧会へ。
https://www.nact.jp/exhibition_special/2019/gendai2019/

邦題にある「文学」より、英題「Image Narratives」の「ナラティヴ」、あるいは子供向けミニガイドにある「物語」という語の方が、展示内容からするとしっくりくる。
インスタレーションや映像と、音声による語りを組み合わせた田村友一郎、ミヤギフトシ。ウランとオリンピックと戦争と若い女性たちの物語を、写真、ドローイング、オブジェ、そしてテクストで展開する小林エリカ木版画や棚、グラフという約定をずらして提示する豊島康子。辺野古基地建設のための土砂採掘に揺れる沖縄の二つの家族を、短編映画にした山城知佳子。体制崩壊前のソ連と東欧、それから2010年以降の日本の、いわばテラン・ヴァーグ的(?)な場所の写真を並べた北島敬三。作品のメディウムも「語り」のあり方も様々だが、そこから立ち上がる「物語」を鑑賞者個々人が捉える、そういう愉しみ方のできる展示企画だった。

とある必要があって、というと勿体ぶった感じだが、「1980年代の日本のサブカルチャーに現れた「遺棄された場所(abandoned places)」のイメージ」というテーマで論文を書くうえでの資料として、1980年代の東京グランギニョルの戯曲を読んでいる(『マーキュロ』と『ワルプルギス』は、当時の『小説JUNE』に台本が掲載されているのだ)。東京グランギニョルの旗揚げ公演だった『マーキュロ』から、古谷兎丸によるマンガやそれを翻案した2.5次元演劇で未だに人気のある『ライチ光クラブ』、そして『ワルプルギス』に至るまで、人造人間や改造人間を、閉鎖的な共同体の中で作り出そうとする試みを描いていることに気づく(そもそも東京グランギニョルの作品数は少ないので、「ライトモティーフ」とまで言えるかは分からないが)。
「科学技術の進化」といったものを素朴に信じて、無傷で完全無欠な理想の人間を創り出すのではなく、『ライチ光クラブ』の人造人間ライチにしても、『マーキュロ』のラストシーンに登場する、血液をマーキュロと交換することで出来する「マーキュロイド」たちにしても、人間やらネズミやらの屍体を継ぎ接ぎして創り出された『ワルプルギス』の吸血鬼にしても、既に壊れている存在、何かを欠損した存在、傷や病を抱えた存在である。これは、東京グランギニョルの演劇の背景にしばしば用いられた、ジャンクの積み重なる廃工場のイメージとも繋がっているだろう。そこではテクノロジーの所産としての人工物が、壊れて機能不全に陥り、打ち棄てられている。

以下は、参考になりそうな箇所の抜粋。

★『マーキュロ』より
教師:1919年。ヤング・ホワイト・シュワルティが、水銀と色素の化合物を研究中に発見されたのがマーキュロだ。誰だって信じられるわけがない、唯一の液体金属であり、猛毒である水銀が、消毒薬に含まれている訳だ。マーキュロクローム。猛毒にして薬品。ビン詰めの逆説。完璧な薬品だよ。……それに、この響きがたまらんじゃないか。マー・キュ・ロ。鼻音から、破裂音、そして舌音で閉めくくる。子音の発音の3通りを、全て備えている。……完璧だよ……。
(鏨汽鏡作、飴屋法水演出、東京グランギニョル『マーキュロ』教師のセリフ、『小説JUNE』第17号、1986年2月、132ページ。)

 

教師:こうして内臓にマーキュロを与えてやると、病んでいるあらゆる臓器が、生き返ったようになる。ほうら、こうやって光を当てると、あちらこちらが、金属のように輝くだろう。……こんな美しい内臓を持っていたら、死んでからだって恋される。
(同上、132-133ページ。)

 

教師「おっと、マーキュロを手につけたら大変だ。3日は落ちやしない。」(戯曲中で繰り返されるセリフ)

 

(ト書き)[…]6人の学生達の学生服の合間から、体をはう、細いビニール管が見える。管の中を、マーキュロが流れている。
生徒6:1985年、2月24日、行谷あたる、62%マーキュロイド!
生徒5:同じく、酒井泰樹、52%マーキュロイド!
生徒4:同じく、中島晴臣、74%マーキュロイド!
生徒5[ママ]:同じく、矢車剣之助、67%マーキュロイド!
生徒2:同じく。浅田伸郎、85%マーキュロイド!
生徒3:同じく、武井龍秀、98%マーキュロイド!
[…]
教師:そして待て。
徒徒3[ママ]:いつまで。
教師:体内におけるマーキュロの純度が高まり、完全な浄化がなされるまで。
(同上、144ページ。)

 

★『ワルプルギス』より
(ト書き)[…]チュチュの上半身には細い神経のようなものが、這っている。セムシの首の回りにも、神経が襟のようにはり出ていて、破れた背中から飛びだした、曲がった脊髄は、よく見ると金属である。
飴屋法水「ワルプルギス」、『小説JUNE』第23号、1987年2月、120-121ページ。)

 

飴屋法水によるエッセイ

昨年、ずいぶん話題になった『危険な話』のチェルノブイリ批判の方法論は、はっきりいって大キライです。中途ハンパな人間中心主義には鳥ハダが立ちます。
 人間は原始時代にかえるのか? それはできない。できない以上、あらゆる危険とキョウフを引き受けて、とことんテクノロジーをおしすすめ、いくとこまでいくしかないでしょう。
 そのとき、「そんなことしてたら、我々は死ぬんですよ!」とヒステリックにまくしたてられたら、「そりゃ、そうだろー」としか……やっぱり答えようがないですねえ。
 昨年、シド・ミードの手かげた近未来ディスコ、トゥーリアの照明が落ちて人が死に、TVでガヤガヤ言ってます。そういえば、日航機が墜落して、少女一人が生き残った時、僕らは『ライチ光クラブ』を創りました。今年は……何をするんでしょう? 
 テクノロジーによって生まれたTVゲームで、アルカイックな原始イメージをもてあそぶ、僕をふくめたガキども、
 ああ……グロですねェ。
飴屋法水「プレイング・エッセイ12 超レトロ?」、『JUNE』第39号、1988年3月。

 

六本木でほぼ同時期に開催されている、「クリスチャン・ボルタンスキー Lifetime」展(国立新美術館)と、「塩田千春展:魂がふるえる」(森美術館)へ。

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クリスチャン・ボルタンスキーは、初期の「クリスチャン・Cの衣服」や「モニュメント」シリーズ、の、偽装された痕跡から非在の過去や不在の肉体が想起される作品、それからベルリンの《失われた家》やパリのユダヤ歴史博物館から見える《1939年のサン・テニャン館の住人たち》のような、抹消されたユダヤ人の死者たちの記憶を扱った作品はなんとなく好きで、ディジョンに留学していた2008年には、片道2時間以上を掛けてクリュニーで開催された「Question/Réponse」展にも出掛けたくらいなのだが(そのときのブログ:https://baby-alone.hatenablog.com/entry/20080921/p1)、その後の活動はあまりフォローできておらず、2016年に庭園美術館で開催された展覧会にも、慌ただしくて足を運べないままだった。

今回の展覧会については、「来世」と書かれた紫色の(正確には赤と青の電球が交互に配された)ネオンサインの作品の写真を事前にTwitterで目にし、「ボルタンスキーはいったいどうしてしまったのだろう? いや実は昔からこういう人だったのか……?」といぶかりながら出掛けた次第である。

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1970年代から近年までの作品を通して観ることで浮かび上がってきたのは、ボルタンスキーの作品を貫くのは、ある種の表層的な――「浅薄」という意味ではなく、「写真」や「顔」や誰かが着古し脱いだ後の衣服に関わるような意味で「表層的」な――フェイク性なのではないかということだ。実在する人物の「痕跡」や「残存」と見せかけたオブジェが、実は偽造であるという作品群。あえて顔貌をぼやけさせた古い写真が、ボルタンスキーの出自にまつわる知識や、ホロコースト関連資料としてよく知られた写真群への連想と結びつき、見る者のなかに――歴史的な事実とは異なるにもかかわらず――「ホロコーストで落命したユダヤ人」のイメージを喚起させてしまうというメカニズム。ファンタスマゴリア、あるいは走馬灯めいた影絵のインスタレーション。初期の「モニュメント」シリーズでは、無色の裸電球と錆びの浮いたミニマルなデザインのビスケット缶という、こう言ってよければインダストリアル・ヴィンテージ系のインテリアに登場しそうな、「分かりやすく趣味の良い」モティーフが使われていて、それもある時期のボルタンスキー作品に独特の詩的な雰囲気を醸成していたように思う。その電球を青や赤、その混合色としての紫といった、いわば平成初期のパチンコ屋のような色合いに変えただけで、「来世」も「arrivée/départ」も「外套」も、途端に妙に俗悪でキッチュな印象になってしまう。

ボルタンスキーの扱うテーマは、死者や死のイメージという点ではもちろん一貫しているのだが、そのなかでも「不在/非在の死者の痕跡・残存」から「死者たちの領国」へと遷移しつつあるように思われた。

【追記】この展覧会の図録に収められた杉本博司との対談で、目に留まったボルタンスキーの発言を引いておく(批判的にみるならば、一般的なボルタンスキー理解を上書きするような性質のものであるが)。

ボルタンスキー:私は幽霊を信じています。私たちの周りには霊がいっぱいいると思います。(109ページ)

ボルタンスキー:写真の話が出たので、ここで私の作品における写真の意味について補足しましょう。私にとって、誰かの写真、古着、あるいは死体は全て同じ意味を持っています。何故ならそれらは失われた主体と関係を持つ物だからです。[…]名前も、心臓の鼓動も同じです。それぞれは誰かがいたことを意味しているのです。集団について語るのではなく、一人の個人、もう一人の個人、さらにもう一人といったように、一人ひとりについて語ることがとても重要なのです。(109-110ページ)

 ☆☆☆

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 塩田千春《不確かな旅》CC BY NC ND

塩田千春は、履き古された靴に赤い糸を張ったインスタレーション(2008年国立国際美術館の「精神の呼吸」展、今回は出展されていない)の写真を目にしたときから、ぜひ展示を観たいと思っていた作家。赤い糸を張り巡らせた作品の印象的な――いまどきの語彙で言ってしまえばインスタジェニックな――写真を見て想像していたのは、「体内の血管組織を外在化したような、不定形でもやもやした糸の絡まり合い」というイメージだったのだが、実際には毛糸どうしはかなり強いテンションで組み合わされ、ピンとまっすぐに伸びている。それは血管とも体内組織とも、蜘蛛の巣や蚕の繭とも、一見似ているようで異なっているように見える。会場で最初に展示されているのは、両手の上に細い針金の絡み合ったモティーフの載った彫刻作品(《手の中に》2017年)なのだが、糸もまた、ふわふわと柔らかく軽い物質というよりも、この針金と同じような、つまり短い直線どうしが絡まりあって空間を作り出すためのメディウムとして存在しているように思われた。

船をかたどったオブジェから赤い糸が伸びて展示室全体を覆い尽くす《不確かな旅》、黒焦げになったグランドピアノと観客たちの椅子(つまりすでに機能を失った事物)に、漆黒の糸が絡みつき覆い尽くす《静けさのなかで》、再開発の進むベルリンで廃棄された窓を集めた《内と外》、赤い糸で吊るされた古い旅行用トランクが揺れ動く(ところどころに赤い糸に電動モーターの仕組まれているトランクがあり、その動きが近隣のトランクにも伝わってゆく)《集積:目的地を求めて》といったインスタレーションの他、自身の身体を用いたパフォーマンスの映像もあり、塩田の作品に通底する「私の身体」というテーマとそのヴァリエーションを一覧することができた。塩田はマリーナ・アブラモヴィッチレベッカ・ホルンにも師事していたことがあるというが、確かに初期の身体パフォーマンスは「私の身体の痛み」のようなものをテーマにしているという点でアブラモヴィッチ的とも言えるし、いくつかのインスタレーション作品については、ホルンとの共通点を切り口として考察できそうである。

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塩田千春《静けさのなかで》CC BY NC ND

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 塩田千春《時空の反射》、《内と外》、《集積:目的地を求めて》CC BY NC ND

塩田千春展については、某批評家による「リストカットを見せられているよう」というTwitter投稿が少し前にちょっとした議論になっていた。パーソナルな問いが作品に反映されているところと、「私の身体/私の身体の痛み/私の身体に対する痛めつけ」がテーマとなった作品が多いことの連想なのだろうが、「リストカット=表層を傷つける、皮膚的な痛みの感覚」というのは、塩田の作品に対する規定としては微妙にずれているような気がする(それは微妙なずれなので、明確に言語化するのは難しいのだが)。また、一般論として、「私の身体、その痛みや違和感、和解のできなさ」といったものをテーマにした芸術作品が「リストカット的」と言うならば、ある時期以降のとりわけ女性アーティストによる作品はほとんどが「リストカット的」であろうし(例えばアブラモヴィッチやアナ・メンディエタの1970年代のパフォーマンス、小野洋子のカッティング・ピース、石内都による「傷」がモティーフの写真……一々探し出していたら枚挙にいとまがないだろう)、ウィーン・アクショニズムなどはリアルリストカットをやっていたのだし、そもそもリストカット的であるという規定と作品に対する低評価とは必ずしも結びつかないはずである。ただのTwitter炎上であれば、わざわざ取り上げるに値しないかもしれないが、こと塩田千春に関しては、「一見して即断すると「リストカット的」な表現に思えるが、実は微妙に異なるのではないか」という部分が、彼女の作品を思考するうえでの賭金なのではないかという気もする。すぐに思い浮かぶのは、「外部からの暴力(特定の社会において女性であること、病に対する医療的措置……)に抗して、あるいは逃れて、自らの身体を確認すること」、「外在化された皮膚」、「(安部公房の短編『赤い繭』を連想させるような)身体から解けて、身体の外部の空間に形成された、もう一つの身体」、「裏返しにされた身体」といったフレーズだが、塩田自身が「作者の言葉」として「皮膚」(第二の皮膚としての衣服、第三の皮膚としての居住空間)や「心と身体の乖離」ということを発言している以上、批評や研究がそれを再確認しても仕方がないのではないか、という気がする。

それはともかく、鮮烈な赤や焼け焦げた炭のような漆黒の糸が、オブジェから立ち昇り、あるいはオブジェに絡み付きながら、空間に張り巡らされ、空間を創り出していく様は、そのなかに身を置いて体験すると、なにか圧倒的なものがあった。

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塩田千春《小さな記憶をつなげて》CC BY NC ND