表象文化論学会オンライン研究フォーラム「日本映画における衣裳」パネル、コメンテイターとして拝聴していても、とても面白かったので、寄せたコメントを備忘を兼ねてここに公開しておきます。

 【全体的に】

少なくとも日本で映画研究というと、作品分析や(監督=映画の全体を統括する作者とみなした上での)作家研究が、未だにほとんどだと思います。他方で服飾史やファッション論でも、映画の衣装については、特徴的な作品や女優、著名デザイナーについて散発的・個別的に言及されることはあるにせよ、映画制作に必須の一要素として包括的に論じたものは、本邦ではまだまだ少ないように思います。

このパネルは、「映画産業の歴史」という観点と、個々の衣装担当者(甲斐庄楠音森英恵)へのモノグラフィー的なフォーカス、さらには彼らの制作の文脈(画壇、演劇界の動向など)を架橋する形で、ややもすれば紋切り型の印象が流布している二人、楠音と森の、画家やファッション・デザイナーとしてのキャリアの中で「空白」となっている期間における創造のあり方を、地道で実証的な研究により明らかにしてくれるものでした。同時に、映画制作というシステム、あるいは一つの映画作品が、いかにそれぞれのスタッフの分担とチームワークで成立しているのかを、浮き彫りにしてくれるものでもありました。また、衣装という「細部(ディテール)」が映画の物語内で果たしている機能についても、豊かな洞察と示唆を与えてくれるご発表でした。

【太田さんへ(京都画壇と映画衣装)】

 太田さんのご発表は京都画壇の動向や共有されていた文脈と映画産業界という、二つの(一見すると別々の)職能世界を架橋する研究であり、同時に美術史と映画史という別個のディシプリンを繋ぐものでもありました。つまり、画家であり、衣装・時代考証担当者としての楠音における、「横の繋がり」を明らかにしてくれるものです。(琳派など江戸的なモティーフだが、安土桃山時代が舞台と思われる『雨月物語』に用いられている?)

 『雨月物語』という一つの映画作品における衣装の「蝶」の象徴性にも言及、これもまさに中国の故事から日本美術史、西洋美術史や文学・演劇の日本における受容、一種の比較神話学的な視点(魂・死)など、領域横断性の見事に発揮された、重要な指摘です。異界の女「若狭」の薄衣→空間を仕切る(鑑賞者と人物たちの間にヴェールとして掛かる)几帳の薄衣(蝶が透けて浮かび上がる)→源十郎の夜着代わりの小袖へと、「蝶」のモティーフが移転しているのも興味深いです。異界、幽霊の世界が、若狭から室内へ、そして源十郎へとその支配の領域を拡げていくようにも解釈できるのではないかと思いました。

 楠音のスクラップブックの実物写真も興味深く拝見しました。つまり、創造や思考をうながすためのスクラップというアイディアです(本来の文脈から特定のモティーフを切り取り引き剥がし、別の支持体の上に他のモティーフと並置することで、新たな配置がもたらされる)。

 ご発表は、基本的には女性役の衣装に注目するものでした。これはつまり、物語や人物造形上の要請から、特権的に女性役の衣装が重要であり、制作陣もとりわけ女性の衣装に力を注いでいた(裏を返せば男性役の衣装は比較的力を抜いている)ということなのでしょうか? それとも、男性役の衣装も同様に重要な役割を担っており、今後の研究課題である、ということなのでしょうか? また、女性の衣装と男性の衣装では、映画内での機能が異なるのでしょうか?(最後に源十郎の衣装の写真も出していましたが)

【小川さんへ】

  太田さんと同じ甲斐庄楠音を取り上げつつ、画業と映画の衣装・風俗考証担当、さらにはプライヴェートでの「演者(女形)」としての表現に分断されがちな彼の生涯を、一つの流れとして整理したどり直す研究でした。それぞれの表現をつなぐいくつかのモティーフ(人物の身振りや横櫛という小道具)に着目することで、「画業を辞めて映画界に転身」などというものではなく、それが連続するもの、共通の関心や表現欲に貫かれたものであることを、実証研究と作品解釈により明らかにしてくれました。特に、絵画における細部(ディテール)や「身振り」が、映画にもまた「女性を演ずる/女性になる楠音」にも共通する、あるいは伝播してゆくという点は、イメージ分析の観点からも興味を唆られます(ベタにいうと、ヴァールブルクのムネモシュネを連想させる)。また、映画制作に関わることが、楠音にとっては「絵を描くこと(視覚的、身体的な創造)」、さらには「自ら(女性を)演ずること」の延長ないし転移であったことも分かりました(絵に描いた女を実現する、女をイメージにする)。

 PowerPointでご提示いただいたスクラップブックの紙面を見ると、東西美術や表現のメディア、ジャンルを越境して、人物の身振りや複数人物により創り出される構図の共通性に、楠音の関心があったように見受けられます。これは、小川さんが指摘された「白糸」の身振り、「道行」の構図や「うずくまる女」というポーズが、楠音の絵画、映画、女形としての表現を貫くモティーフであることや、彦根屏風など過去のイメージの歴史から映画用スケッチへと「引用」を行なっていることとも、共通するものであるように思えました。また、楠音にとっては、「演ずる、成り済ます《わたし》の身体」が、実は最も重要であるようにも思えました(小川さんのいう「自作自演」)。小川さんのお考えはいかがでしょうか?

【辰巳さんへ】

 太田さん、小川さんの取り上げた事例は、時代考証を必要とする和装でしたが、辰巳さんは映画制作と同時代の洋装を取り上げられました。森英恵という、著名であるにもかかわらず日本のファッション論では等閑視されがちなデザイナー(少なくとも川久保玲三宅一生といった面々に比べれば)の、「皆が知っている森英恵」になる以前の活動を、丹念な調査で解明したもので、目を開かされました。

 同時に、とりわけ小津映画において「衣装(女性の衣装)」、さらには「着替えること(ある衣装から別の衣装への転換)」というテーマ系が、物語の展開において担っている重要な機能を、明晰に分析してくれるものでした。小津映画を見ると、「肝心の女性主人公の衣装がなぜか地味」「『秋日和』の岡田茉莉子が友人の結婚式で着るドレスは、全体の中で浮きすぎ」などと思っていたのですが、その謎が解けました。小津の映画は、「旧世代と新世代」が対照的に描かれ、例えば『秋刀魚の味』ではそれが生活の場所(日本家屋と団地、1階と2階)にも如実に現れていると思いますが、本日のご発表をお聞きして、「時間の停滞と転覆・急展開」という図式もあり、それが衣装で体現されているということが分かりました。

 辰巳さんにお伺いしたいのは、太田さんに対するのと共通の質問です。小津映画において、男性陣の衣装が果たす機能は、蓮實がすでに指摘しているような「モーニングに着替える」ことくらいなのでしょうか? つまり、女性役の衣装ほどの機能や意味を担わされていないのでしょうか?