啓蒙の時代のポルノグラフィー

オルガスムの歴史

オルガスムの歴史

このジャンル[マスターベーション禁止を訴える医学文書]の花形は、サミュエル・オーギュスト・ティソ博士の『オナニー』である。これは1758年にラテン語で、1760年にはローザンヌでフランス語版が刊行された。[…]多くの研究が示しているように、ティソはそれまで神学によって規定されていた知識と禁止を、単に医学と哲学に権威づけられた言葉で改めて定式化したにすぎない。彼よりずっと以前の聴罪司祭と同じように、ティソはこの行為を子種の浪費だという理由で否認する。
(上掲書、219ページ。)

ミュッシャンブレは、ティソと従来のキリスト教的価値観との連続性を強調する。しかし、むしろこの時期にあっては、一見すると前時代と同じ身体・性規範が維持されているように思えて、実はそれを下支えする価値基準にドラスティックな変化が起こった、と考えることも可能なのではないか。つまり、キリスト教神学に支配された身体観から、「医学」に依拠する思考への移行である。

道徳だけが変化し、かつてはキリスト教徒全体の救済が問題だったのが、いまや個人が問題となった。
(同上、上掲引用部に続く一文)

ティソの依拠する身体観は、流体静力学の概念と結びつけた「身体=機械」論で、これは体液説を継承した特段目新しいものではないそうだ。
あらゆる体液の中で、精液をもっとも精巧なものと、そして母乳をもっとも精度の低いものと位置づけるティソは、旧来的な男尊女卑の考え方を「科学を根拠にして」展開している。「性と身体」というテーマについても、思考や認識の体系における「連続性」と「断絶」が共存していたと言えるだろう。