風変わりなパリ


Paris secret et insolite, PARIGRAMME, 2009(nouvelle éd.)
http://www.amazon.fr/dp/2840965720/
かなり時宜を逸してしまったが、3月のパリ滞在の折、間借りしたお宅で見つけて面白かったガイドブックの紹介。「風変わりな秘密のパリ」というタイトルが示すように、通り一遍のガイドブックには紹介されていないようなスポットが網羅されている。ダンフェール・ロシュローのカタコンブ(地下霊所)や数々の解剖学博物館(医療用鑞製模型が収められている)、マニアックなテーマの小規模美術館など……その中でも気になって、メモしておいたものを二つ。

  • Musée Dupuytren, 15 rue de l'Ecole de Médecine, 最寄metro:Odéon

http://fr.wikipedia.org/wiki/Mus%C3%A9e_Dupuytren
19世紀に作られた解剖学博物館。数の上ではサン・ルイ病院のムラージュ(鑞製模型)の方が上のようだが、こちらは原則医療従事者向け、一般の来訪者は事前に予約を取り付けなければならない。『Paris secret et insolite』旧版の記述が正しければ、Musée Dupuytrenはウィークデイの9:30-11:30、14:00-16:00まで開館している。(リンクしたウィキペディアの記述によれば、14:00-17:00のみの開館。)

  • Musée de la Poupée, Impasse Berthaud, 最寄metro:Rambuteau, Hôtel de Ville(ポンピドーセンター近く)

http://museedelapoupeeparis.com/index.html
後者の人形博物館は、パリ滞在最後の日、TGVの待ち時間に立ち寄った。個人のコレクションを母体にした、小さな美術館。コレクションされているのは、19世紀のファッションドールから20世紀前半のビスクドールまで。当初は最新流行のファッションを「見せる」ためのマネキンだった人形が、次第に富裕層家庭の子供のための玩具へ変貌していく。(この頃活躍したのが、ジュモー兄弟やブリュといった人形師たちである。)人形師の工房による注文制作から、やがてデパートでの小売りへと販売形態が移行し、それと並行するかのように、いくつかの人形工房の合併によりSFBJ(Société française de fabrication des bébés et jouets)という合同会社が誕生。生産が効率化され、より安価な人形の生産が可能となった。
万国博覧会の後には、黒人や東洋人(特に中国・日本)を模したと思しきビスクドールが生産され流行したというのが、当時の時勢を物語っていて面白い。「模したと思しき」と書いたのは、黒人は漆黒の肌に赤く分厚い唇、日本人は西洋風の顔型を流用しつつ目だけ細く吊り上げ、和服ともチャイナ服ともアオザイともつかない折衷風の衣装を纏っている、という、いかにも西洋の19世紀的な「他人種」のステレオタイプになっているからである。
ガラスの目の虹彩の描き方や、口を閉じるか開けるか、開いた口から歯が覗くか、といったディテールの変化が、時系列で辿れるのも面白いところ。フランスのビスクドールは一般的に、子供とも大人ともつかない、無表情で怜悧な顔立ちから、リアルな表情を伴った幼児の顔へと変貌していく。しかし、「リアリズム」や「幼児的な可愛らしさ」を追究すればするほど、それは日常生活の特定の一瞬を捉えた、年齢も性質も予め規定されている「特定の子供のポートレート」になってしまう。「大泣きする気難しげな赤ん坊」や「人懐こげに微笑む5歳前後の女児」といった具合に。年齢も表情も曖昧な旧型の人形たちが、ままごとの中で母親にも赤ん坊にもなり得、悲しい顔にも笑った顔にも見えるのとは対照的である。
人形と並んで、ドールハウスや人形用の家具、衣装の展示も。ドールハウスは玩具という以前に、世界を把握するための縮小模型なのだと思う。