祝祭空間

先週末のこと、18日(土)19日(日)と、ブルゴーニュ大学のキャンパスを会場に行われたDijon Saitenに参加した。「日本」をテーマにしたフェスティヴァルで、パリで毎年行われるJapan Expoを小規模にしたものと言えば分かり易いだろうか。伝統文化(茶道や武術)からカラオケ大会まで網羅しているが、もっとも集客力があるのはマンガ、アニメ、コスプレの類。メインの顧客層は、『NARUTO』や『One Piece』好きの小学生から、マンガやコスプレの最大の享受層である10代後半まで。
西欧での日本ブームというと、一種のエキゾティシズムと言おうか、「西欧にとっての他者」として変形された姿(分かり易く言えば「サムライ、フジヤマ、ゲイシャ」路線、あるいは「不思議の国ニッポン」路線)が受容されているのかと思っていたが、意外にも若者たちはリアルな日本のサブカルチャーを楽しんでいるようだった。これは、例えばかつての10代少女向けファッション雑誌『Olive』が提示した「憧れのパリ」が、実際には何処にも存在しない、日本の少女向けに口当たりよく加工された紛い物の都市イメージだったことなどを考えれば、瞠目すべき現象であるだろう。
日本人でありながら、販売されているマンガもコスプレの衣装も、その圧倒的多数について無知な状態だったのだが、いくつか印象に残った写真を。

  
人形やぬいぐるみを体の前に抱えている女の子たちを、会場のあちこちで見掛ける。これはスーパードルフィー(SD)を抱えて歩いていた二人組。人形たちは、日本と韓国から個人輸入したそう。日本製SDの方は、血糊ロリータと恋月姫を足して二で割ったようなテイストにカスタムされていた。19世紀に球体関節のビスクドールたちを世に送り出したのはフランスの諸工房だし、「我が娘フランシーヌ」のデカルトから、シュルレアリスムのファム・オブジェまで、人形愛の系譜はむしろフランスに強固に存在しているように思うのだが、彼女たちはどこまでそのことを知っているのだろうか?日本での球体関節人形ブームは、全面的にハンス・ベルメール(ドイツ生まれ、フランスに移住)の影響下にあると言っても過言ではないが、その末裔の一人であるSDが、フランスの少女たちに「日本のサブカル」として見出され受容されているという捩じれが面白い。

  
マスクや血糊のついた洋服もよく目にした。目の周りを真っ黒にしたメイクがお約束。おそらく、「密室系」や「医療系」などと呼ばれるヴィジュアル系バンドの真似だろう。(こういう女子には、大阪のサブタレニアンズなどを紹介してあげたら狂喜するんだろうな。)実は2002年頃、当時お世話になっていたフランス語学校の講師(本職は某国立大学のフランス文学・地域文化教授)が、フランスの大学で日本のオタク文化について講義をするというので、何点か資料をお貸ししたことがあった。その中にいわゆるヴィジュアル系バンドのCDジャケット(と言ってもデビュー前後の『黒夢』だから、相当無難な路線だ)も含まれていたのだが、化粧した中性的な美形が男性同士で抱き合うという趣向は、当時のフランスの若者には「気持ち悪い」として受け入れられなかったそうだ。あれから5年以上経って、フランスの若者の意識が変化したのだろうか。それとも日本のヴィジュアル系の路線が、同性愛を示唆する中性美から、過激でアングラな路線へとシフトし、それが仏人のメンタリティにとっては受け入れ易いものだったからなのだろうか。V系のコスプレは随分と人気だった。

    
左は一番人気だったマンガの売店にあった、『ひぐらしのなく頃に』のDVD。今Wikipediaを調べていて初めて知ったのだが、『ひぐらし』はコミケでの同人ゲームが発端となってブームになり、様々なメディア(CD、アニメ、マンガ)による商品が展開されたのだとか。それがフランス語版まで出来て、地方都市にまで流れ着くとは、この手の「ネットワーク」はしみじみ凄い。この漫画売店では、少女漫画からいわゆるオタク受けのするものまで、幅広いジャンルが取り扱われていた。
真ん中は『ちょびっツ』のイラスト。このコスプレをした女子を何人も見掛けた。他にも、ねこ耳、うさ耳は手軽で可愛いコスプレアイテムとして人気だった。『ちょびっツ』の主題も、今回検索して初めて知る。分かり易い(所謂「データベース」的な)「萌え」造形のアニメという認識しかなかったのだが、「機械と人間は恋をすることができるのかというSFの古典的なテーマを真正面から描いたラブストーリー」なのだそう。
右はジャニーズの亀梨和也山下智久を描いたイラスト(あまり似ていないのはご愛嬌?)。日本のドラマはYouTubeを通じて英語字幕版が普及しており、フランスの10代にも人気があるとのこと。著作権上の問題をクリアした形での配信なのかは定かでないが、ウェブ上で情報を「共有」するツールの影響力に改めて驚く。

      
ロリータちゃんたち。左の2枚は、いかにも『Gothic & Lolita Bible』(英語版のダイジェストがPhaidon Pressから刊行されているhttp://www.amazon.fr/dp/0714847852/)に出てきそうな、姫系と王子系の二人。右側の子が着ているうさ耳コートは、おそらく日本のロリータブランド「BABY☆THE STARS SHINE BRIGHT」のものだと思う。『下妻物語(Kamikaze Girls)』への衣装提供でも知られるこのブランドは、昨年パリ支店をオープンしている。
中央右は、「女子高校生」のコスプレをした子と、ロリータファッションにぬいぐるみを抱えた子。日本の学校の制服なんて、フランス人の目には珍妙で不気味なものとして映るのかと思っていたが、日本カルチャーかぶれの若者にとってはcool!らしい。
右端の子のヘッドドレスは、BABYのパリ店で購入したものだそう。この日はBABYともコラボレートしている日本のミュージシャン(名前失念、女の子のヴォーカル一人)のCDを買ったそうで、『下妻物語』も大好きだと言っていた。

ロリータファッションにしてもヴィジュアル系にしても、表面的に見れば特異なファッション性(のみ)が受けているように思えてしまうが、本来この手のカルチャーの根底にあるのは、健康的で規範的な「凡庸さ」に対する嫌悪と反発、思春期特有の孤独感とその裏返しとしての選民意識、そして「世界」に対する違和感や生き辛さのようなものだろう。フランスの乙女たちが、そういう精神的な部分にどこまでコミットメントしているかは、なかなか探り難いけれど。(この種のレポートは、日本のサブカルチャーがフランス人の若者全般に受けているかのような印象を与えがちだが、実際は「文化的トライブ」や「人格類型」によって、この手のものに夢中になる層と無関心な層とがあるのではないかと思っている。)もともとはロリータファッション(ヴィクトリア時代の子供服やロココ時代のドレス)もヴィジュアル系デヴィッド・ボウイその他)も、その元祖というべきものは西欧の文化の中にあるわけで、日本で生まれたその奇形児たちが、今度は「日本のカルチャー」として受け止められているのも何だか奇妙な話である。
フランスには(西欧には、と言ってしまってもいいかもしれないが)元々、「児童向け」のものはあっても思春期向けの文学などは手薄だったそうで(「小さな大人」として扱われていたということだろう)、日本のマンガやアニメは、ちょうどその空洞部分を埋めるものだったようだ。子供でも大人でもない、移行期ないし猶予期間としてのadolescenceが、極東のサブカルチャー流入をきっかけに「見出された」ということだろうか。

付け加えておくと、日本の伝統文化やハイカルチャーに対しては、自分が渡仏前に抱いていた予想に反して、どうもいまひとつの反応しか返ってこない。(もちろん浮世絵ファンだの日本の武道を嗜んでいる層だのは存在するのだが、青少年層にマンガやアニメが浸透しているような,一般的な受容とは言い難い。)だから、歴史的・文化的総体としての「日本」がブームになっているわけでは決してなくて、むしろ現代の日本が生んだカルチャーの一部が、フランスの若者にも受け入れられるような構造ないし性質を持っていた、ということなのだろう。