夜霧


閉館の合図で図書館を出ると、辺り一面が乳白色の霧に包まれていた。街灯の赤い光が、ぼんやりと滲んでいる。今年の冬はやけに霧が出る。夜の霧を見ると、川端康成の短篇「片腕」の一節を憶い出す。霧の夜には時計が狂いやすく、またその発条も切れやすい。香水を直に肌につけると、匂いが染み込んで取れなくなる。妊婦と厭世家は早く休んで下さい……霧の中を走っていく赤いヘッドライトが出てくる記憶があったのだけれど、川端の文章を確かめてみたら、ヘッドライトの色はぼやけた薄紫で、運転している女の服が朱色なのだった。「片腕」に書かれている季節は梅雨の終わり頃の初夏で、「たくさんのみみずが遠くに這うようなしめった音」の錯覚があるけれど、霧の立ち込める冬の夜はひたすらに静寂で、なにか分厚なものに覆われているかのようだ。遠くに歩き去っていく人影も、非現実の存在めいている。

眠れる美女 (新潮文庫)

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