僕女の翻訳可能性

日本には「僕女」「俺女」と呼ばれるカテゴリーが存在するけれど、例えばフランス語で「僕女」的アイデンティティーを表現することは可能なのだろうか?大学院受験のためにフランス語を習い始めた時から、くすぶっていた疑問である。最近のこと、和製マンガ『Rozen Maiden』仏訳版で、「僕女」であるキャラクター「蒼星石(そうせいせき)」の発話シーンのある巻がようやく手に入ったので、確認してみた。
「Voilà pourquoi j'ai cessé d'être tenue par cette bague!」
je(一人称)が「je」以外にありえないのは言語の性質上当然として、be動詞を使う過去分詞tenuも普通に女性形tenueになっている。つまり、性別に依存する語尾変化では、「僕女」と言えども女性として処理されているということ。この巻(第8巻)でも「蒼星石」の会話シーンは非常に少ないので、何か言語表現上の特徴があるのか、確かめる術がない。フランス語にも当然、男性が主に使う語彙、女性が好む表現というのはある。けれど、「僕女」と「男言葉を好んで使う女性」とは、また別種のカテゴリーなわけで……(例えば「蒼星石」はいわゆる王子系のキャラクターで、決して「乱暴な言葉遣いをするgarçon manque(男勝りの女の子)」というわけではない。控えめで大人しくて自己犠牲的な性格は、むしろある意味では「女らしい」とも言える。)
ちなみに、原作中で自分を「ひな」と呼ぶ雛苺(ひないちご)の「幼さ」は、仏訳では「j」を「z」に変えることで表現されている。(日本語で言う「〜でちゅ」みたいな、舌っ足らずな喋り方ということだろう。)日本で「一人称が名前の女性」といえば、幼稚さ(ゆえの可愛らしさ)を表現する紋切り型だけれど、このニュアンスも正確には翻訳しづらいということだろうか。
戦前〜戦中の女学生の間では、宝塚歌劇などの影響で、「君」と「僕」という人称が流行ったらしい。以前に触れた西條八十の『二輪の桜』が、少年向け雑誌ではなく『少女倶楽部』に掲載されたのも、そういう素地があったからなのだとか。(以上はとある個人サイト上の記載なので、確固とした裏付けのある情報ではないのだが。)少女が男役を演じる歌劇の他に、当時の男子学生文化の影響もありそうに思うけれど、この点は未確認。(在外なので確認のしようがない。)そういえば「男装の麗人」というイメージも、一時期の日本で非常に好まれていたような印象がある。(戦前・戦中で言えば、江戸川乱歩『空中紳士』の女性記者とか、あるいは川島芳子の過剰な神聖化とか。)
私が中学・高校生のときにも、学年に2・3人は「僕女」がいた。別段トランスジェンダーだったわけでもなく、共通項と言えばいわゆる「オタク」だったことくらいだろうか。(もう少し穿った見方をすれば、「私ってほんの少しだけみんなとは違う存在」演出の好きなタイプだったように思う。)逆に言えば、日本で「僕女」になるようなメンタリティの女子は、フランスに生まれていたならどういう自己演出ツールに訴えるのだろう。