アナクロニズム日記その2

「謎のデザイナー小林かいち」展(ホテルニューオータニ
今回展示されているのは、全て絵葉書や封筒のグラフィックデザイン。彼の描くテーマは、叙情的で感傷的な少女趣味の世界なのだが、それが「少女同士の親密なコミュニケーション」の媒体に載せられる形で用いられているのが面白い。使用済みの封筒も何点か展示されていたが、宛先も差出人も女性名のものがほとんどである。かいちの活躍した時代が、「少女期」というカテゴリーが発明され、「少女向け」の文化――竹久夢二らのイラストレーション、芦屋信子らによる少女小説、宝塚少女歌劇や少女歌謡など――が創設された時代であったことは、パネル解説でも指摘されていた。今日のキャラクターグッズのプロトタイプかもしれない。彼の描くモチーフで印象に残ったのは、泣く女性(少女期特有の悲劇の女主人公願望を投影する対象だったのだろうか)、人気の途絶えたエキゾティックな都市風景(教会の尖塔と十字架、ヴェネツィア風のゴンドラ、優美なデザインの街燈)、磔刑にされる女性(顔は不鮮明だが、明らかに乳房の膨らみがある)、それからハート型の多用。彼は十字架など露骨にキリスト教的な意匠も多く描いているが、ハートはむしろ「かわいい」少女趣味を体現するモチーフとして用いられているように見受けられる。(かつてはキリスト教的モチーフであったはずのハートが、少女や若い女性向けのデザインとなるのは何時頃のことなのだろう?かいちからは離れるが、「天使」モチーフもこの種の変遷を遂げているのではないか。)
センチメンタルな「可愛らしさ」に彩られた郵便手段(ポストカード)を介しての「少女的」コミュニケーションという点では、ヴィクトリア朝文化の影響下にあったオーストラリアが舞台の映画、『ピクニック・アット・ハンギングロック』の冒頭部分を思い出した。