考古学と「死者に名前を返すこと」

キケロの伝える記憶術の創始者シモニデス(BC557頃-467頃)にまつわる挿話。ある祝宴に招かれたシモニデスは、辛くも災厄による邸宅崩壊を免れ、一命を取り留める。遺族たちに請われて、彼は祝宴の客たちの席順を想起し、死者たちの身元確定に貢献する。

死者の身元がわからなくては、死者を記念することはできない。うたげの客たちの席順を正確に記憶していたシモニデスは、識別できないほど損傷した遺体のすべてに、その名を返してやることができた。こうして身元が確認できたので、死者の身内の者たちは、彼らをたたえ、しかるべく埋葬し、自分たちが正しい死者を嘆いていることに確信を持つことができた。[…]この伝説によってシモニデスの業績は、死と破壊を超克する人間の記憶の力として永遠にとどめられた。
(アライダ・アスマン『想起の空間』安川晴基訳、水声社、2007年、51ページ。)

死者の名を記憶すること・想起することは、死という不可逆的な喪失の克服をもたらす。破壊された古代都市の断片から、例えば個々の建築物の名を確定しようとする試みも、この作業に近接しているのではないだろうか。考古学(歴史学に敷衍することも可能かもしれない)が扱うのは、一度死した者たちである。