とある必要があって、というと勿体ぶった感じだが、「1980年代の日本のサブカルチャーに現れた「遺棄された場所(abandoned places)」のイメージ」というテーマで論文を書くうえでの資料として、1980年代の東京グランギニョルの戯曲を読んでいる(『マーキュロ』と『ワルプルギス』は、当時の『小説JUNE』に台本が掲載されているのだ)。東京グランギニョルの旗揚げ公演だった『マーキュロ』から、古谷兎丸によるマンガやそれを翻案した2.5次元演劇で未だに人気のある『ライチ光クラブ』、そして『ワルプルギス』に至るまで、人造人間や改造人間を、閉鎖的な共同体の中で作り出そうとする試みを描いていることに気づく(そもそも東京グランギニョルの作品数は少ないので、「ライトモティーフ」とまで言えるかは分からないが)。
「科学技術の進化」といったものを素朴に信じて、無傷で完全無欠な理想の人間を創り出すのではなく、『ライチ光クラブ』の人造人間ライチにしても、『マーキュロ』のラストシーンに登場する、血液をマーキュロと交換することで出来する「マーキュロイド」たちにしても、人間やらネズミやらの屍体を継ぎ接ぎして創り出された『ワルプルギス』の吸血鬼にしても、既に壊れている存在、何かを欠損した存在、傷や病を抱えた存在である。これは、東京グランギニョルの演劇の背景にしばしば用いられた、ジャンクの積み重なる廃工場のイメージとも繋がっているだろう。そこではテクノロジーの所産としての人工物が、壊れて機能不全に陥り、打ち棄てられている。

以下は、参考になりそうな箇所の抜粋。

★『マーキュロ』より
教師:1919年。ヤング・ホワイト・シュワルティが、水銀と色素の化合物を研究中に発見されたのがマーキュロだ。誰だって信じられるわけがない、唯一の液体金属であり、猛毒である水銀が、消毒薬に含まれている訳だ。マーキュロクローム。猛毒にして薬品。ビン詰めの逆説。完璧な薬品だよ。……それに、この響きがたまらんじゃないか。マー・キュ・ロ。鼻音から、破裂音、そして舌音で閉めくくる。子音の発音の3通りを、全て備えている。……完璧だよ……。
(鏨汽鏡作、飴屋法水演出、東京グランギニョル『マーキュロ』教師のセリフ、『小説JUNE』第17号、1986年2月、132ページ。)

 

教師:こうして内臓にマーキュロを与えてやると、病んでいるあらゆる臓器が、生き返ったようになる。ほうら、こうやって光を当てると、あちらこちらが、金属のように輝くだろう。……こんな美しい内臓を持っていたら、死んでからだって恋される。
(同上、132-133ページ。)

 

教師「おっと、マーキュロを手につけたら大変だ。3日は落ちやしない。」(戯曲中で繰り返されるセリフ)

 

(ト書き)[…]6人の学生達の学生服の合間から、体をはう、細いビニール管が見える。管の中を、マーキュロが流れている。
生徒6:1985年、2月24日、行谷あたる、62%マーキュロイド!
生徒5:同じく、酒井泰樹、52%マーキュロイド!
生徒4:同じく、中島晴臣、74%マーキュロイド!
生徒5[ママ]:同じく、矢車剣之助、67%マーキュロイド!
生徒2:同じく。浅田伸郎、85%マーキュロイド!
生徒3:同じく、武井龍秀、98%マーキュロイド!
[…]
教師:そして待て。
徒徒3[ママ]:いつまで。
教師:体内におけるマーキュロの純度が高まり、完全な浄化がなされるまで。
(同上、144ページ。)

 

★『ワルプルギス』より
(ト書き)[…]チュチュの上半身には細い神経のようなものが、這っている。セムシの首の回りにも、神経が襟のようにはり出ていて、破れた背中から飛びだした、曲がった脊髄は、よく見ると金属である。
飴屋法水「ワルプルギス」、『小説JUNE』第23号、1987年2月、120-121ページ。)

 

飴屋法水によるエッセイ

昨年、ずいぶん話題になった『危険な話』のチェルノブイリ批判の方法論は、はっきりいって大キライです。中途ハンパな人間中心主義には鳥ハダが立ちます。
 人間は原始時代にかえるのか? それはできない。できない以上、あらゆる危険とキョウフを引き受けて、とことんテクノロジーをおしすすめ、いくとこまでいくしかないでしょう。
 そのとき、「そんなことしてたら、我々は死ぬんですよ!」とヒステリックにまくしたてられたら、「そりゃ、そうだろー」としか……やっぱり答えようがないですねえ。
 昨年、シド・ミードの手かげた近未来ディスコ、トゥーリアの照明が落ちて人が死に、TVでガヤガヤ言ってます。そういえば、日航機が墜落して、少女一人が生き残った時、僕らは『ライチ光クラブ』を創りました。今年は……何をするんでしょう? 
 テクノロジーによって生まれたTVゲームで、アルカイックな原始イメージをもてあそぶ、僕をふくめたガキども、
 ああ……グロですねェ。
飴屋法水「プレイング・エッセイ12 超レトロ?」、『JUNE』第39号、1988年3月。