観相学と探偵術

バルザック論

バルザック論

バルザックにおける神秘主義を説いた著。クルティウスによるこの理解がどこまで妥当性を有するものなのかは、門外漢の私にはまったく見当がつかない。しかし、バルザックの人間描写に、観相学や骨相学、そして夢遊病者による「透視能力」といった疑似科学が与えた影響を指摘した箇所などは、自分の研究テーマとの通底性という点から、興味を引かれた。バルザックによれば、例えば手相には人間の内面の本質がすっかり現れている。このような「占い」が可能となるのは、万物が「全体」と結合し、それを反映しているという世界観が背景にあるからだ。バルザックはラファーターによる観相学の書を1822年に入手し、また35年にはガルの伝記執筆を計画していたと、クルティウスは伝えている。(上掲書、43ページ。)

特殊性[ルビ:ラ・スペシアリテ](その語源は、species=眺めること、speculum=鏡、speculari=注視すること、にある)は、《物質界と精神界の事物をその根源的細分化として生じて来た分岐の内に》観てとること、現実に対し精神的で全体的な直観をもつということである。特殊性は、直接的で知的な直観である。[…]したがって直観は、認識のもっとも適切な形であり、最高段階である。知るとは観ることである。要するに、唯一の知しか存在しない。認識の不完全な形とは、いずれにしても曇った眼ざしで間接的に観ている状態以外の何ものでもない。
(上掲書、42-43ページ。)

《現実世界では、一切が連鎖状に繋がっている。この世界では、どんな運動もそれぞれひとつの原因に由来しており、どの原因もみなひとつの全体と結びついている。その結果、極小の運動にも全体が表わされることになる。》(ポンス)だからまず占いが可能となる――カード、人相、骨相、手相、どれでもよい(バルザックによれば、手相には人間の内面の本質がすっかり現れているという)。観相学バルザックの人間描写にきわめて重要である。骨相学も同様だ。[…]カードや体型による占い以外に、バルザックは内面の直観に基づく本当の意味での予言も可能だと考えていた。つまり現実の出来事は、何によらず非物質的な《原因》の内にあらかじめ用意されているので、この原因さえ見つけられればその出来事を予言できるというのである。[…]千里眼が実在することを、バルザックも実際確かめたことがあった。1843年に、彼はカード占い師バルタザールを訪問して、その折の様子をハンスカ夫人に報せている。《この人は千里眼の天与の才に恵まれています。彼はまるであなたを目前にしているかのように、あなたの様子を私に話して聞かせたのです。》1832年、彼は《まぎれもない》夢遊病の女性患者に、疫病コレラの原因を尋ねてみるよう、医師シャンブランに提案しているし、1835年には、他人に欺されることがないように、身近に夢遊病者にてもらう計画を考えたりもしている。夢遊病者の透視能力は、メスマーとその学派の動物磁気学によって広く知れわたっていた。
(上掲書、43-44ページ。)