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最近見た映画メモ
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1945年のヒロシマの再現でも、撮影当時の広島のドキュメンタリーでもなく、ひたすら日本人男性とフランス人女性の「会話」によって物語が展開する。
ラストシーンの「あなたの名前はヒロシマ」「君の名前はヌヴェール」という会話から、「土地と土地との対話/インターコース」みたいな解釈がなされがちだけど、個人的にはむしろ「会話の非対称性」が気になった。
フランス人女性が「Hiroshima」を「イロシマ」とフランス風に発音するのに対して、日本人男性は徹頭徹尾「ヒロシマ」と言い続ける。そしてラストシーンでたった一回だけ、仏人女性も「ヒ・ロ・シ・マ」と発音する。(これに「それがあなたの名前」というセリフが続く、記憶が正しければ。)
女性が時おり感情を爆発させたり、泣き出したりするのに対して、男性は終始セリフ棒読み、穏やかな笑みをたたえた無表情で、不気味なくらいに落着いている。
発音はいかにも「仏語を齧った程度の日本人」なのに、文法的に正しいセンテンスを一切の淀みなく言い切っているという不自然さも相俟って(セリフを丸暗記しているからなんだろうけど、もっと「自然主義」的に演技する選択肢もあったはず)、男性の方はなにか生身の人間を超越した存在なのではないかと思えてきてしまう。
そもそも男性が背負っているヒロシマ/広島という都市の象徴性と、女性の出身地であるヌヴェール(多くの人が場所すら知らないであろう田舎)の無個性な無名性とが、圧倒的に非対称だと思う。
女性がホテルの鏡に自分を映し出しながら、自分のことを「彼女」と呼んだり、「あなた」と呼んだりしている場面は、「鏡像」というテーマから考えても面白いのではないか。
「鏡に映った自分の像」によって、自己の人称が「対話相手(tu)」や「他者(elle)」に変幻する。
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背景となっている部屋や外壁の色彩と、主人公たちの着る服の色合わせが楽しい。48色くらいのクレヨン・ボックスを開いたみたい。
ストーリー自体は「向田邦子脚本か?」というようなメロドラマだが(もちろん背景にアルジェリア戦争があったりと、けっこう深刻なテーマも含まれているのだけど)、全ての科白が歌という徹底したミュージカル仕立てと、画面構成の美しさが楽しい。
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世界的ベストセラーが原作らしいけど、ストーリーはけっこうアレレな感じ。
直感的な大天才による求道物語という点ではバナルだし、最後の「バタイユあたりを誤読しちゃったの?」という感じのシーンは荒唐無稽すぎる。
身体的かつ眼に見えない「嗅覚」は低級感覚と呼ばれるけれど、それとカーニヴァル的なセックスやカンニバリズムが結びつくという発想も、面白いと言えば面白い、陳腐と言えば陳腐。
捨て子養育院で付けられたという主人公の名前は「蛙(grenouille)」。さほど象徴的な意味合いは無いと思うが。
それはともかく、全編の「触覚的な色彩感覚」は見事。空気が琥珀色の光に満たされているような、レンブラントの絵画めいた独特のレタッチが施されている。
冒頭の18世紀パリの市場の場面は、画面を通じて悪臭が漂ってきそうな「徹底した醜さ」で描かれ、古い建物の外壁の質感(ベルナルド・ベロットの廃墟画風)や、香水製造所に運び込まれた薔薇や黄水仙、チュベローズ(月下香)の花の鮮やかさはひたすらに美しい。
圧巻は調香師バルディーニのアトリエ。部屋一面の棚には、薄く埃の積もった種々のガラス瓶や、ホルマリン漬けの生物標本、貝殻や珊瑚などのオブジェまで並んでいて、キャビネ・ド・キュリオジテのよう。
この映像美でユイスマンスの『さかしま』を映画化してみて欲しい。
主人公デゼッサントが壁紙の色彩を蝋燭の光で見聞する場面など、なかなか嵌るのではないかと思う。
この監督の代表作は『ラン・ローラ・ラン』だそうだ。赤毛の女性にオブセッションでもあるのだろうか。
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かなり評価の高い作品らしいけど、同一の事件を元に作られた『小さな悪の華』の方が個人的には良いと思う。
『小さな悪の華』では、「私たちだけの人工楽園」を作り上げるために、「他者(=大人とそれに象徴される小市民的モラル、異性愛の担い手としての男性……)」を徹底的に排除しようとした少女たちの暴力と狂気が描かれていたけれど、この『乙女の祈り』はそういった「他者の排除」という契機が希薄。思春期特有の「繭ごもり感覚」が無いというか。
「母親(の象徴するもの)への憎悪」というのはいかにも思春期少女らしいモティーフではあるけど。
二人の少女が、俳優の外見も含めて「女」になってしまっていて、その時点でだいぶ「世界」が崩壊している。まあ、「若い美しい女」と「ニンフェット」の違いの分からない人って多いですよね。
この作品の約20年前に作られた『小さな……』は上映禁止を喰らっているし(アメリカと日本でのみ公開されたらしい)、ああいう本気の「アンチ・ヒューマニズム」「インモラル」「〓神」みたいな路線は、やはりキリスト教文化圏では難しいのだろうか。
『小さな悪の華』では、少女たちは屋根裏部屋で見つけたロートレアモンやボードレールに影響を受けて、空想の中でも現実においても悪徳の王国を作り出そうとするけど、『乙女の祈り』だとこれが粘土細工の宮廷ロマンで、だいぶ精神年齢が下がっている感じがする。
『小さな……』も、「文学的悪」の扱いがかなり平坦で通俗的ではあるけれど。
1950年代初頭、イギリス文化の影響の色濃いニュージーランドが舞台で、インテリアや服装などはレトロな少女趣味という感じで可愛い。CGで作られた二人の少女の空想世界も、グロテスクな要素のあるファンタジーで、ある種の「ガーリーカルチャー」と親和性が高いと思う。
『オリーブ』あたりの「ガーリー映画特集」では、『ヴァージン・スーサイズ』や『ひなぎく』、『ピクニック・アット・ハンギングロック』それから『小さな悪の華』などと並んで常連になっていた作品ですよね。「少女性に潜む毒」を描き出すことにはいまいち成功していない気がしますが。