思考の屑篭
1890年代におけるフランス特有の心理学は、室内装飾の試みを新しい観点から探求し、近代性、親密さ、内部性と言った18世紀において互いに結びついていた概念を、神経の反応や室内空間における自己形成、無意識の投影と言った新しい鍵となる概念へと移し替えた。
(デボラ・シルヴァーマン『アール・ヌーヴォー――フランス世紀末と「装飾芸術」の思想』天野知香、松岡新一郎訳、青土社、1999年、123ページ。)
ユーゲント様式とは、技術に包囲されて象牙の塔に立てこもっていた芸術が行なう、最後の出撃の試みなのである。ユーゲント様式は、備蓄してあった内面性をすべて動員する。これは霊媒術めいた線状の言語のなかに、あるいは裸の植物的な自然――技術で武装した外界に対抗するもの――を表す花のなかに表現される。鉄骨建築における新しい要素、桁・梁の諸形式がユーゲント様式の関心をひく。ユーゲント様式は、装飾においてこれらの形式を芸術のために奪還しようと努める。
(ベンヤミン「パリ――19世紀の首都」(1935年成立)、『ベンヤミン・コレクション(1)近代の意味』第2版、浅井健二郎編訳、久保哲司訳、ちくま学芸文庫、2002年、343-344ページ。)
ドイツ人でも上流階級の者はイギリス人に同調する。彼らはきちんと装えば満足だ。華美な格好よさは否定される。偉大な詩人、偉大な画家、偉大な建築家たるものは、きちんとした服装をすることを旨とする。しかしこれが三流詩人や三流画家、三流の建築家となると、自分の体を祭壇に見立て、ビロードの襟、趣味のいいズボンの素材、分離派のネクタイなどを供物として捧げるというわけだ。
(ロース「紳士のモード」(初出1898年)、『虚空に向けて――アドルフ・ロース著作集』加藤淳訳、アセテート、2012年、68ページ。)
「装飾とは克服されねばならないものなのだ 」と断定するロースにとって、「正しい身なり」の「本質」とはすなわち、「どれだけ目立たない格好をするか」ということであった。
われわれはずっと洗練され、繊細になった。群畜的人間はさまざまな色彩で区別されなければならなかったが、現代人は衣服を仮面(Mask)として用いる。現代人の個性はきわめて強いため、もはや衣服で表わせるものではないのだ。無装飾は精神力の印だ。
(ロース「装飾と犯罪」、『装飾と犯罪』104ページ。なお、一部の訳を下記原著と論考を参照し、改めた。Adolf Loos, Sämtliche Schriften, Erster Band : Ins Leere gesprochen 1898-1900 : Trozdem 1900-1930, Wien : hrsg. von Franz Glück, 1962, S. p. 288; 田中純「着衣の作法:アドルフ・ロースのダンディズム」『残像のなかの建築:モダニズムの〈終わり〉に』未来社、1995年。)
ここでロースが論敵として想定していたのは、ヴィーン分離派やドイツ工業連盟の装飾性である。
この「目立たなさ」としてのダンディズムを、(アドルフ・ロース以前に)一つの掟として捉えたのが、シャルル・ボードレールであった。ボー・ブランメル、「人目に立たない、地味で簡素だが抜きん出て優雅な装い」を体現したこのダンディズムの創始者を、趣味の世界の支配者として称揚し、「完璧なダンディ」にとって、「身だしなみの完璧さは絶対的な単純の裡に存する 」(シャルル・ボードレール「現代生活の画家」(初出1863年)、『ボードレール批評?』阿部良雄訳、ちくま学芸文庫、1999年、192ページ)とみなすボードレールにとって、ダンディズム(フランス語読みではダンディスム)とは「法の外部の法」に他ならない。
ダンディスムとは一個の漠然たる制度、決闘と同じほど奇異な制度である。[…]ダンディスムは、法の外の制度でありつつ、自ら厳しい法をもち、その権威に服する以上誰しも、他方いかに血の気の多く独立不覊の性格をもつ者であろうと、厳格な服従が要求される。
(ボードレール「現代生活の画家」、『ボードレール批評?』191ページ。)
- 「被覆」をめぐって
2007年に国立新美術館で開催された、建築とファッションの共通項を探る展覧会 のタイトル「スキン+ボーンズ」( 「スキン+ボーンズ:1980年代以降の建築とファッション」展、国立新美術館・ロサンゼルス現代美術館主催、2007年6月6日-8月13日開催)がいみじくも示すように、建築物と衣服に通底する要素とは、「被覆」ないし「表皮」と「(外在化した)骨格」の二つである。後者は例えば、ドーム状の構造を持つクリノリンである。しかし、より普遍的なのは前者の「被覆」であろう。建築の基本的ないし本質的な要素とは何か、という問いは、建築理論史において長い系譜を持つが、その要素のうちの一つを「被覆(Bekleidung)」に求めたのが、ゴットフリート・ゼンパー(1803-1879年)であった。ゼンパーによれば、被覆のもっとも原初的な形態とは空間の四壁を囲う織物や垣や柵であり、ついで衣服の根源としてのいれずみや身体装飾、それから衣服が登場する(大倉三郎著『ゴットフリート・ゼムパーの建築論的研究』中央公論美術出版、1992年、136-139ページ)。
このゼンパーによる「被覆の原理」を、もっぱら建築物の「表皮」において継承したのが、装飾に対しては対照的な姿勢を見せる二人の建築家、ロースとオットー・ヴァーグナー(1841-1918年)である。ヴィーン分離派のヴァーグナーはアール・ヌーヴォーの影響を色濃く受け、リンケ・ヴィーンツァイレの二つの住宅をデザインした。マジョリカ・タイルによる鮮やかな植物文様がファサード全体を覆い尽くす通称「マジョリカ・ハウス」と、その隣の、白壁に金色のモールディングで様式化された植物模様が這う住宅は、アール・ヌーヴォー風のドレスを纏っているというよりもむしろ、あたかも刺青が施されているかのような、あるいは皮膚病を患っているかのような印象を見る者に与える。ヴァーグナーのこの空隙恐怖めいた「建築の皮膚を覆う装飾」は、彼の「視線の停止点」という主張を体現したものであった。「眼がどの芸術作品を見る場合でも」とヴァーグナーは言う。「視線を留める、あるいは眼を注ぐ点を求めることは、人間の感覚に固有な特性である。なぜなら、そうしないと、苦痛な不安感、審美的な不快感が生ずるからである(邦訳は田中純『建築のエロティシズム――世紀転換期ヴィーンにおける装飾の運命』平凡社新書、2011年、33ページより)。このいささか神経症めいた建築物の表層へのまなざしは、オーストリア郵便貯蓄局のファサードにおいて、その端的な体現を見せるであろう。
- 18世紀末における「装飾の危機」?
Didier Laroque, « Peinture de paysage et crise de l’ornement architectural », texte réunis par Didier Laroque et Baldine Saint Girons, Paysage et ornement, Paris : Verdier, 2005, p. 113-129.(これはあくまでも建築物の描かれた風景画、とりわけ廃墟表象における装飾の危機。マーク・ロスコの絵画と比較される)
Cf. カール・リンフェルトにおける、フランス18世紀後半の建築ドローイングの「歪み」への注目:ロココ的装飾による変質と近代的図法との間に生じた、建築ドローイングの「衰退期」における軋みと歪み(田中純『残像のなかの建築』25-27ページ) 。
- 19世紀と「室内空間」:ベンヤミンによる記述
19世紀ほど住むことに病的にこだわった世紀はなかった。
(ヴァルター・ベンヤミン『パサージュ論』第2巻、今村仁司・三島憲一訳、岩波書店、2003年、53ページ。)
住むということは痕跡を残すことである。室内では痕跡が強調される。被いやカバー、袋や容器のたぐいがたくさん考案される。そうしたものには、ありふれた日用品の形が痕跡となって残る。住む人の痕跡も室内に残される。この痕跡を追求する推理小説が生まれる。ポーの『室内装飾の哲学』および彼の推理短篇は、この作家が室内の最初の観相家であることを示している。
(ベンヤミン「パリ――19世紀の首都」(1935年成立)、『ベンヤミン・コレクション(1)近代の意味』第2版、浅井健二郎編訳、久保哲司訳、ちくま学芸文庫、2002年、345ページ。)
近代的な建築物は裸である。白い壁はその機械のような平滑さゆえに、この裸性をさらに強調する。
( Mark Wigly, White Walls, Designer Dresses: The Fashioning of Modern Architecture, Cambridge, MA: The MIT Press, 1995, p. xviii.)
【参考文献】
ジャン=マリー・ペルーズ・ド・モンクロ『芸術の都パリ大図鑑:建築・美術・デザイン・歴史』三宅理一監訳、西村書店、2012年。
Sophie Basche, Rastaquarium : Marcel Proust et le « Modern Style », Turnhout : Brepols, 2014.
Jonathan Massey, "Ornament and Decoration," Graeme Brooker and Lois Weinthal eds., Handbook of Interior, Architecture and Design, London and New York: Bloomsbury academic, 2013, pp. 497-513.