昼と夜のガスパール

1月6日は公現祭(épiphanie)。カトリックの教義では、東方三博士の礼拝が行われた日である。この日はgalette des rois(王様の焼き菓子)を食べるのがフランスでの慣わし。この焼き菓子の中には、フェーヴと呼ばれる小さな陶器製の人形やミニチュアが入っていて、フェーヴ入りの小片を当てた人は「王」として祝福を受ける。(このフェーヴには実に様々なヴァリエーションがあって、蚤の市でもよく売られている。熱心な蒐集家も大勢いるらしい。)
   
(左:フラ・アンジェリコ《東方三博士の礼拝》1445年頃、ワシントン・ナショナルギャラリー。右:ヤーコプ・ヨルダーンス《酒を飲む王》ブリュッセル王立美術館。上記画像は2枚ともweb gallery of artから。)
ところでフランドルの画家ヨルダーンスは、この一日限りの「即位」を何度も取り上げている。《豆の王》と題された同主題の連作の中でも、衝撃的なのが上掲のもの。王に選ばれた老人は、およそ王者の風格とはほど遠い風貌であり(ルネサンス以降の絵画論でしばしば取り上げられるテーゼとして、「王を描く際には王らしい外観の形式を踏まなければならない」というのがある)、テーブルの周囲の老若男女も、ばか騒ぎで顔を歪めている。右側の女は失禁した子供の尻を拭い、左側の老人は食器類をなぎ倒して嘔吐している。庶民の卑俗で醜悪な祝祭空間を描きだした風俗画か、「愚者の船」の系譜に連なる風刺画なのか。
ガレット・デ・ロワの風習は、公現祭(三博士の礼拝)とは接点が全く見えないけれど、キリスト教以前からの土着のものなのだろうか?疑問に思って少し検索してみたら、由来を解説しているサイトを見つけた。日常の身分秩序を転覆させて楽しむこの祝祭、その原点はローマの農耕神サトゥルヌスを祭ったサトゥルナーリア祭にあるのだそう。
今年買ったガレット・デ・ロワに入っていたのは、真っ白な陶器で作られた東方三博士の一人。手にしている持物はただの球体で、三博士のうちの誰なのかは判断がつかない。ちなみに三人の賢者が贈り物として携えて来たのは、黄金、乳香(フランキンセンス)、没香(ミルラ)だったと言われている。
   

そんな折に、ボルへスの『夢の本』を読んでいたら、アロイジェス・ベルトラン(仏:1807ー41)の『夜のガスパール』と題された詩の一節に出会った(ガスパールは東方三博士のうちの一人である)。ディジョンの「時計人形のジャックマール」や「聖ベニーニュの暗い地下納骨堂」が出てくる。サン・ベニーニュ教会のクリプトは、先日見学したばかりであるし、不思議なシンクロニシティを感じる。「月は黒檀の櫛で髪を梳き、蛍のような光の雨で丘や牧場や森を銀色に染めていた」という一節が美しい。ボルへスの書に引用されているのは、「第三の書」の「夜とその眩惑」と題された部分のみ。空間は、地獄の死者たちのイメージへと直結する「地下」と、月やゴシック聖堂、鐘楼などが象徴する天上の世界とに分断される。月光、明けの明星、落雷、「私の部屋の光り輝くステンドグラス」、光のイメージはみな、暗闇の中に包まれている。

夢の本

夢の本


追記:フェーヴ専門オンラインショップのサイト上の情報によると、フェーヴを菓子に入れる風習は11世紀のブザンソンディジョン近郊の街)で、公現祭にガレットを食べる風習は14世紀のアミアンで始まったそうだ。http://www.mycharm-web.com/colonne2.htm