先日の日記(http://d.hatena.ne.jp/baby-alone/20090313)で触れたl'école nationale des ponts et chaussées(フランス国立土木建築高等学院)所蔵の18世紀の建築デッサンに関して、本格的な研究が出ていることが判明。
1)Antoine PICON, Architectes et ingénieurs au siècle des Lumières, Marseilles:Parenthèses, 1988, chapitre IX.
2)Antoine PICON & Michel YVON, L'ingénieur artiste : dessins anciens de l'Ecole des ponts et chaussées, Paris:Presses de l'Ecole des ponts et chaussées, 1989.
(擬似的な)モンタージュとしての建築図面の系譜。
1)の論文は、「ingénieur」になるための訓練としての「cartegraphie」に焦点を当てたもの。「carte(地図)」という語が、「cartes à jouer(トランプ)」 や「cartes géographiques(蝶の一種)」の連想を生み、「名」が近縁関係にあるもの同士が、トロンプ・ルイユという形式によって邂逅を遂げる。(このようなimaginationの駆使は、都市開発計画に対する技術を誇示するためであると、著者は指摘している。)他にも、当時の地図を描く際の技法が、コンヴェンションと自然模倣との間で揺れ動いていたという指摘は、「地図記号」が所与のものとなっている現代人にとって、面白いものだった。植物の形態における種ごとの特徴を捉え、忠実かつ類型化して描くことで、「森林」や「葡萄畑」が表現される。l'école nationale des ponts et chausséesの当時の手引書には、「地図は飛翔する鳥の眼から見た自然の写しでなければならない。したがって、できる限り正確に自然を模倣しなければならない。」と書かれていたそうだ(p.202.)。そこで描き出されている地形は、一部分は現実に基づく場合もあるが、ほとんどは想像上のもの(utopique)である。著者は「la rencontre de la réalité et de son double(現実とその分身との邂逅)」(p.198)、「les villes qui parsèment les cartes cristallisent d'autres possibilités(地図の中に点在する都市は、(都市の態様の)別の可能性が現れ出たものである)」(p.206)などと説明しているが、この点については更に議論を深めることができるのではないかと思う。