矢代幸雄『忘れ得ぬ人びと 矢代幸雄美術論集Ⅰ』岩波書店1984年。
国内外の友人や恩人たちについての思いで語り。若い頃から親交のあった英米の東洋美術史研究家の名も数名挙げられているが、目に付くのが「個人の美術愛好精神は国家間の戦争をも超越した」という「美談」のパターンである。

矢代自身は、極めて個性的・独創的な思考の持ち主というわけではなく、中庸でソツのない穏健な秀才という感がある。むしろ矢代の言論に、その時代の「美術品」や「文化」に対する期待や価値付けの最大公約数が見て取れそうなところが、彼の研究対象としての面白味だろうか。