三菱一号館も含む丸の内地区オフィスビルの「保存」や「復元」は、当該地区の「再開発」計画の一環であるらしい。再開発のための都市プロジェクト(=未来への企図)に、「古き良き時代」の空間や様式・意匠が援用されるという捩じれ。展覧会カタログ『一丁目倫敦と丸の内スタイル』などを見ると、そこでは日本のビジネスマンにとってのベル・エポックが、一種の郷愁と憧憬をもって懐古されていることが伺える。それでは、そもそも「郷愁(ノスタルジア)」とはどういう感覚なのだろう?と思い、CiNiiで探せる範囲の論文を渉猟してみた。(探索にご協力頂いた方、どうもありがとうございます。)

津上 英輔「過去の現前 : 感性的範疇としてのnostalgia」
『美學』56(2)、2005年、1-13ページ。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110006383268

ノスタルジア」は、スイスの医者のホーファーによる造語であるという。1688年の論文で彼は、故郷を離れて生活する者に見られる極度の望郷の念を病と見なし、それに「ノスタルジア」の名を与えた。この言葉の始源からして、「場所」や「土地」と結合した概念であったことが分かる。

石井 清輝「消費される「故郷」の誕生 : 戦後日本のナショナリズムノスタルジア」『哲學』117号(<特集>記憶の社会学)、2007年、125-156ページ。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110007409491

「故郷(ふるさと)」と結合した「ノスタルジア」という感覚に込められた政治性の変遷(あるいは脱政治化)を、戦後のサブカルチャー(ふるさとを歌った歌謡や、国鉄の「ディスカバー・ジャパン」、「エキゾチック・ジャパン」キャンペーン)に即して分析したもの。(社会学においてはもはやスタンダードとなっているテーマだろう。この種の議論を「保存建築」の問題にそのまま援用できるかは疑問。)


保存建築に惹き付けて考えれば、「《レトロ建築》なるものが惹起ないし演出する《ノスタルジア》とは何か?」という問いになるだろうか。別種の近代建築を保存しつつ転用するという試みは、00年代以降盛んに行われてきているのだから、この問題に言及した論考がいくつか出ていてもおかしくない。転用後の用途が、もっぱら文化施設(ギャラリーや美術館)であるというのも、面白い現象だと思う。
丸の内に関してさらに付言するなら、この地域の開発を主導したのは当時の財閥資本である(政府が全面的にコントロールしていたわけではない)点にも留意が必要なのではないか。当時における意味を分析する上でも、現在「想起」されようとしている記憶がいかなる性質のものなのかを考える上でも。