未来の自分自身に向けた覚え書き

【崩れる皮膚】

病気が全身にひろがったのである。潰瘍は依然としてなおらず、寄生虫も、退治するどころか、かえって増殖する結果になったが、それだけでなく、腐敗した肩に腫瘍が現われ、さらにつづいて、中世で非常に怖れられた病気がはじまった。それは丹毒で、右腕をおかし、肉を骨まで焼きつくした。神経がねじれ、一本をのぞいて全部はじけてしまった。[…]その頭もやがて腐ってきた。[…]額は髪の生え際から鼻の真ん中まで裂けた。顎は下唇のしたではがれ、口が腫れあがった。[…]最後に、喉頭炎で呼吸もできなくなったあとで、口や耳や鼻から血を流し、その夥しい分量で、ベッドがぐしょぐしょになるくらいであった。(54ページ)

やがて、これらかずかずの病気のうえに、それまでは無難だった肺臓がやられはじめた。全身に紫色の皮下溢血がちらばり、それから赤銅色の膿疱と瘍ができた。[…]次は肺臓と肝臓にカリエスが起こり、それから癌が鶴嘴のような穴をうがち、肉の奥深く進んで腐蝕させた。最後に、ペストがオランダを襲ったとき、彼女はまっさきにかかった。鼠蹊部と心臓部に腫瘍が二つできた。[…]三番目の腫瘍がすぐ頬にできてきた。(55ページ)

しかし、彼女の魂は、あのように引きちぎられた身体や虫にくわれて穴だらけになった衣のなかで、果たして堅固であったろうか。(60ページ)

しかし、そのあいだにも、病気の群れは彼女を引き裂きつづけ、狂気のすさまじさで彼女に襲いかかった。彼女の腹は、まるで熟した果物のように、ついに割れてしまった。内臓を押しもどして外へ流れだすのをふせぐために、毛布のクッションを当てておかねばならなかった。やがて、ベッドのシーツをかえるために動かすときには、手足をタオルやテーブル・クロスでしっかり縛らなければならなくなった。そうしなければ、世話をする人々の手のなかで身体がばらばらに分解してしまう心配があったからである。(78ページ)

【c.f. 19世紀文学における「爛れる皮膚、崩れる顔」】

ナナは顔を仰向けに、蝋燭の光に照らされて、ただ一人残された。それはクッションの上に投げ捨てられた腐肉と、液体と、血潮の堆積にすぎず、それらの貯蔵器であった。天然痘の小さな膿疱が顔中を隙間もなく埋めていた。そして肌の色は褪せ、頬は落ち窪んで、泥のような惨めな顔色をしたナナの姿には、どこを探しても昔日の面影はなく、形は崩れて、まるで土の上に黴が生えているようだった。左の眼は化膿して、つぶれてしまっていた。右の眼は、半ば開いて、黒い腐った穴のように窪んでいた。鼻からは、まだ膿汁が出ていた。赤味がかった膿疱は頬から物凄い笑みを浮べてひきつっている口の方までも覆っていた。そして、この死の恐ろしい怪奇な顔の上を、あの美しい娘が、太陽のような艶を今も失わずに、金色の小川のように流れていた。ヴィナスの姿は破壊されていた。それはあたかもどぶの中に棄てられていた屍体からナナの手で採取された毒素――ナナがそれによって多くの人々を毒殺したあの毒素が、今度はナナの顔に帰ってきてそれを腐らせてしまったのだとも言える。
エミール・ゾラ女優ナナ三好達治訳、雄鶏社、1955年、414-415ページ。)