眠りと追憶

 年末年始の休暇のあいだ、昏々と眠った。夢の映像の断片がいくつか、いまだに脳の奥に掛かっている。

 夢の中で家にいる場面ではたいていいつも、私は前橋の実家にいる。母方の祖母の家である。プルーストが『失われた時』で描き出す、コンブレーの邸館での幼年時代の記憶の、ごく通俗的で庶民派の変奏ともいうべきだろうか。

 

 私はまだほんとうに幼い頃、一階の和室で祖母と並んで眠るのが常だった。南側には庭に面した縁側があり、午前には白い清明な日差しが、午後も3時を過ぎると黄色がかったワニスのような陽光が、雪見障子を通して入ってきた。かつてその和室には、洋箪笥がいくつかと、古い和箪笥が一つ並んでいた。和箪笥の上部には、ガラスの嵌った引き戸と、薄い小さな抽斗があり、昭和20〜30年代の古切手だとか、母一家を写した白黒の写真の束だとか、祖父や伯父たちの制服の徽章だとか、もう和装はしなくなった祖母が、以前に使っていたらしき礼装用の帯留めだとか、要はすでに用無しとなった、母方の一家にまつわる私の知らない古い記憶と結びついた物たちが、細々と詰め込まれていた。その引き戸や抽斗をこっそりと開いてみるときの、桐の木材どうしが擦れて軋む微かな感触を、いまでも掌の中に覚えている。
 その和室の西側には、洋室の居間がある。やわらかな卵色の縦縞の壁紙に、昭和の住宅によくある寄木細工の床。北の台所側にはダイニングテーブルが、南側の大きな掃き出し窓の脇には一人掛けソファ2脚の応接セットとテレビが置かれていた。

 

 昨日の夢では、寝室の洋箪笥を開いて、祖母の洋服を整理していた。祖母はもう8年前に亡くなったのだが、夢の中では「つい数日前に亡くなった」ことになっており、さらには奇妙なことに、家の中にはまだ祖母のいる気配が残っている。「これは70年代古着として外にも着ていける、これは祖母が気に入ってよく着ていたものだから、その思い出に家着にして愛用しよう」などと考えながら、ハンガーに掛かったままの服を選り分けている。

 一昨日の夢では居間にいた。私はすでに大学に勤めているが、同時にまだ10代で両親と祖母と生活している。とうに定年退職したはずの父と母は仕事に出かけ、祖母の姿は見えないが家の中にいる気配がある――夢の中ではしばしば、時間の軸が混線したり逆流したりする。テレビが点いていて、橙色の灯火がフレアを起こしたトンネル内を、走行する自動車の視点から写した映像が延々と流れている。他に走る車両もなく、ほぼ無音状態の中を自動車の擦り抜ける微かな摩擦音だけが持続し、リミナル・スペースめいた静かな不穏さが漂っている。テレビの隣に置かれた洋机には、私のノートブックPCが載せられていて、スクロールも何もしていないのに、掲示板かなにかの横書きの文字列が、常に一定の速度で上へと流れている。(目覚めてからふと考えたのだが、テレビの映像もPCの液晶モニタの文字列も、私の第一の夢に嵌め込まれた、誰かの夢、あるいは私の第二・第三の夢だったのかもしれない。)
 ふと、今日は午後から大学で授業があったことを思い出す。慌ててPCから授業資料をオンライン共有し、外出前に入浴するために風呂場へ向かおうとする。ダイニングテーブルの置かれたあたりから廊下に掛けて、南洋風の観葉植物がひしめいている――これは現実には存在したことのない風景だ。私はバスタオルを片手に、植物をかき分けて風呂場を目指すが、なかなか前に進めない。あたりには植物が一斉に放つ濃い匂いと、温室の中のような湿った温気とが立ち込めている。どこかからか、祖母の眼に見張られているのを感じる。

 

 祖母の家の出てくる夢から覚めても、夢の中と同じように、部屋のどこかに祖母の気配が濃く残り続けている。意識が次第に明晰になり、現実感覚を取り戻すにつれて、その気配は薄れて、やがて霧のように消え去ってしまう。