萩原朔太郎『青猫』に差し挟まれた、何処ともつかない、しかし明白に西洋風な風景画の由来について。(2017年7月1-2日開催の表象文化論学会第12回大会での熊谷謙介氏の発表「「青猫・以後」と郷愁――「のすたるぢや」の歴史性」(パネル「萩原朔太郎の表象空間――その百年」)に教示を得たもの。)

本書の挿繪は、すべて明治十七年に出版した世界名所圖繪から採録した。畫家が藝術意識で描いたものではなく、無智の職工が寫眞を見て、機械的に木口木版(西洋木版)に刻つたものだが、不思議に一種の新鮮な詩的情趣が縹渺してゐる。つまり當時の人人の、西洋文明に對する驚き――汽車や、ホテルや、蒸気船や街路樹のある文明市街やに對する、子供のやうな悦びと不思議の驚き――が、エキゾチツクな詩情を刺激したことから、無意識で描いた職工版畫の中にさへも、その時代精神の浪漫感が表象されたものであらう。
萩原朔太郎「序 挿繪について」、『定本青猫』第2巻、146ページ。)