思考の屑篭

類似は外徴なしには存在しない。[…]相似の知は、これら外徴の摘出と解読にもとづく。[…]外徴の体系は可視的なものと不可視的なものとの関係を逆転させる。類似は、世界の深みにあって物を可視的ならしめていたものの、不可視的形式にほかならなかった。だが、こうした形式そのものがあかるみに出されるためには、それをその深い不可視性から引きだす可視的形象がなければなるまい。だから世界の相貌は、紋章、文字、暗号、晦冥な語――ターナーによれば「象形文字[ルビ:ヒエログリフ]」――によって覆われるのである。かくして直接的類似の空間は、開かれた大きな書物のようなものとなる。そこには無数の文字記号グラフィズムがひしめきあい、ページ全体をつうじて、奇妙な形象が交叉し、ときには反復されるのが見られるのだ。あとはそれらを解読するだけでよい。(フーコー『言葉と物』51-52ページ)