ユートピア (岩波文庫 赤202-1)

ユートピア (岩波文庫 赤202-1)

ユートピア(トマス・モア、1516年)
形状:四面を海に囲まれた孤島。「異邦人はユートピア人の案内を受けないかぎり、この港に入ってくることはまず不可能である」(70-71ページ)

語り:著者であるトマス・モアに、ラファエル・ヒロスデイなる人物が語り聞かせた旅行体験という体裁をとる。
巻末には、著者よりピーター・ジャイルズに宛てた書簡形式のテクストが収められている(出版経緯について)。

趣旨:「国家の最善の状態についてのラファエル・ヒロスデイの物語」という第1巻ならびに第2巻第1章のタイトルが示唆するように、基本的には国家制度に対する理想を、架空の人物の見聞録に仮託して語ったもの。しかし、ユートピアの制度や語り手ヒロスデイの意見が、常にモアの立場を代弁しているわけではない。ヒロスデイからの伝聞という体裁の文章が終わった後、本編の末尾には、モア自身の短い述懐が付されているが、そこでモアはユートピア国の制度に対して、懐疑や批判の眼差しを向けている。

しかしこのユートピア人の風俗や法律などの中には、必ずしもその成立の根拠が合理的とは思われない点が沢山あるように、私には感ぜられた。[…]結局私としては、たとえユートピア共和国にあるものであっても、これをわれわれの国に移すとなると、ただ望むべくして期待できないものがたくさんあることを、ここにはっきりと告白しておかなければならない。
(182ページ)

その他特徴的な点:

  • 原始共産制貨幣経済私有財産制度の否定。
  • 性善説に対する無邪気な信頼(虚栄心や悪徳の欠落したユートピア国民、法律的訓練が透徹しているために、最低限の条文で事足りる)。
  • 奴隷階級の承認(罪人のための懲役刑)。
  • 姦通に対する厳罰主義と婚姻(一夫一妻制)の絶対的な保護。(ヘンリー8世への反発か?)
  • 道徳的な刑法観(生ぜしめた結果ではなく、行為の反道徳性でもなく、内心の悪徳を処罰する。行為無価値論ですらない。)
  • 年代記」(つまり国家の「歴史」を記した文書)の重視。
  • 安楽死の肯定。
  • ユートピア国の年代記には、「原始の小屋」から現在(煉瓦、漆喰、ガラス)に至るまでの建築の発展史が綴られている(78ページ)。歴史的・精神的発展の象徴としての「建築」。
  • 国民が食事を摂るための、共同会館の存在(94ページ)。(ルドゥーの都市計画にも、同様の目的の建築物が現れる。)
  • 奴隷階級によって担われる、賤しい職業としての屠殺業。(当時の英国で貴族の嗜みとされていた狩猟を批判しての制度設計なのだろうが、結果的に身分制時代の日本の職業差別と同じ発想に辿り着いてしまっている。)
  • ユートピア国の言語はギリシア語に近い。語り手ヒロスデイの推測によれば、彼らの祖先はギリシア人の可能性がある。都市名や役名はギリシア語に類似し、それ以外の点ではペルシア語に似ている。「歴史の祖」としてのギリシアというイメージの、一ヴァリアントだろうか。西欧世界からは地理的に遠く隔たった孤島という設定にも関わらず、言語的には西欧と通底している。