A la recherche de Christian Boltanski


クリュニー(Cluny)で開催されていたクリスチャン・ボルタンスキーの「Question/Réponse」展まで出掛けて来た。ロマネスク時代のベネディクト会修道院(ora et laboraを標榜した改革運動で知られる)の敷地内、Ecuries de Saint Hugues(聖ユーグの厩舎)を会場とした空間インスタレーションである。
目指すクリュニーまでは、ディジョンから特急で1時間半弱の街マコンへと向かい、そこからさらにバスに揺られて約45分、まさしく「ボルタンスキーを探して」の小旅行だった。(アラン・フレッシャーが撮ったボルタンスキーのドキュメンタリーフィルムに、『A la recherche de Christian B.』と題されたものがある。邦題は『クリスチャン・ボルタンスキーを探して』で、ユーロスペースで公開された。)
かつては厩舎だったというがらんどうの空間には、てんでばらばらな向きに、様々な種類の椅子が置かれている。13の椅子にはすべて、座面の裏に音響装置が取り付けられており、鑑賞者が椅子の前を通りかかったり、あるいは腰掛けたりすると、その振動で音声を再生するようになっている。それは低い男性の声で投げ掛けられる、全てで13通りの「問い」である。
「お前は誰か?」
「人生とは何か?」
「お前は何を捨てたのか?」
「お前の父親は誰か?」
「お前の記憶とは何か?」
すべてがQuiやQuel(le)、Qu'est ce-queの疑問詞で始まり、問いの相手は「tu(お前)」であり、問われる者の存在や過去、その記憶についてのQuestionである。空白の椅子は、やがて腰掛ける誰かを待っているようにも、かつて座っていた誰かの余韻のようにも、あるいは単なる「不在」を現前化し強調するオブジェであるようにも見える。(集団で入場者がやってくると、会場は再生される音声のポリフォニーで急に騒がしくなった。)
これらの13の問いへのRéponseは、厩舎を出て左手に止められた白いライトバンから与えられる。黒いゴムに開けられた穴から、低い声が間歇的に漏れてくる。
「お前は肉体(Tu es de la chair)」
「お前は光を待つことを期待している」
「夜の背後の光」
「お前はメランコリーの顔貌」
ここで流れる「答え」の数は明らかに、「問い」の13よりも多い。ここで作者自身によるいくつかの「答え」が示されていることで、厩舎の椅子が放つ問いに応答することは、鑑賞者の完全な恣意に委ねられているのではないことが分かる。椅子から聞こえる「問い」によって揺すぶられ、自問自答に付された「自己」は、ここで他人の声によって語られる、tuを主語とした断定的なフレーズによって再規定を受けることとなる。
  
ボルタンスキーの展示と言っても、作品は空間インスタレーションのこの一作のみ。ある程度の作品数を期待して赴いた自分としては、正直肩透かしを喰らった感もあるが、11世紀以来の歴史を持つクリュニー修道院など他にも見所はあるので、観光の一環として行くのであれば損はしないと思う。現代アートに分類されるインスタレーションを歴史的文化財の空間の中に置く展示は、日本ではまだあまり見ないが、フランスではルーヴルやヴェルサイユ宮を始め、各所で行われている模様。ホワイトキューブなどとはほど遠い、装飾過剰・意味過剰な空間と、さらにコンセプチュアルで自己主張の強い作品との間に、拮抗なのか共犯なのか分からない関係が生まれているのが面白い。