カンヴァセーションピースとシアトリカリティ
Peter Greenaway監督のLa ronde de nuit(Nightwatching邦題レンブラントの夜景)を見てきた(といっても、もう2週間以上も前の話だ)。『夜警』の製作背景を中心に、画家レンブラントの生涯を描いたもの。
最初の場面は、劇場の舞台と思しき空間の中央に設えられたベッド(クレーンや滑車といった移動のための装置が付いている)の、ロング気味のショットで始まる。この舞台らしき空間と滑車付きベッドは、屋外場面(何らアヴァンギャルドなところのない、ごく平凡な映像)や他の室内場面(活人画を思わせるピクトリアルで静止的な空間構成)とほぼ同じくらいの割合で登場する。このベッド上で繰り広げられるのは、日々の所作(着替えや用足し)、性愛、出産、罹病、そして死といったごくごく個人的な出来事なのだが、それが衆人環視の舞台の上に設えられているという皮肉なメタ構造となっている。
劇場性・演劇性は、なにもこういった直接的な空間構成だけではなくて、この映画のタイトルともなっている集団肖像画のモデルたち(一列に並んだ様はほとんど活人画のようである)が、遠ざかっていくカメラに向かって(つまり映画の観客に向かって)、突然帽子を取ってお辞儀したりといった、イレギュラーな(映画本来の進行とはまったく関係ないと言う意味で)演劇的動作にも現れている。
強烈に印象に残ったのは、長回しのシーンがとにかく長いこと。例えば、一連の会話が終わるまでがワンショットなのは当たり前(クロースアップ+切り返しというモンタージュ手法をほとんど使っていない)、会話が終わって一方が部屋から出て行き、残された人物がベッドの上で泣き伏すという場面まで延々ワンショットで撮る。ベッドの周りをゆっくり右回転していたカメラが、もういい加減このショットは終わるだろうという頃になって、今度は左回転し始める。無意識下にインプットされた約定(場面の持続時間、切り替わるタイミング)をはるかに裏切る長さに、違和感が募ってくる。
登場人物がとにかく喋る。早口の現代英語で捲し立てる。conversation pieceをテーマとするに恥じないお喋りっぷりである。一本の映画の中で幾度fuckやfuckingが出てくるのか。一時期のゴダールのmerdeより多いのではないか。さらにプロットの説明の少なからぬ部分が、登場人物(役者)によるモノローグ(というよりも、むしろ意図的な観客への語り掛け)でなされる。「何を見ているの?」「観客をさ」なんて可愛いものではない。ドラマを支配してきたコンヴェンションをまるっきり無視して、主人公に「私は何年にだれそれと結婚しました。そして・・・」などと喋らせてプロットを進めてしまう。しかもこの時、登場人物の姿勢はカメラ=観客に対して常に心持ち斜め。エイゼンシュテインでもゴダールでもパラジャーノフでもヴィスコンティ(たしか『神々の黄昏』で、従者たちが正面を向いてルードヴィッヒについて語る、という場面があったはず)でも、ロシアイコンかというくらい観客に対して真正面を向くのに、この映画ではいつも微妙に斜めを向いて話す。斜め45度などという絵画的に完成された角度ではなくて、なんだかちょっとずれてて気持ち悪い、と言う程度の微妙さである。
「盲人はいかにして色彩を感覚するのか?」という、モリヌークス問題や共感覚をも連想させるような問いで始まったこのフィルムは(ちなみに赤は温度によって、黄は確か触覚によって感覚されるとの台詞が続く)、視ることと視たものを描き留めることに偏執的なまでの情熱を傾けてきたレンブラントが、眼を突かれて失明する場面で終わっている。
室内場面での闇と光の対比や、室外から差し込んでくる陽光の黄味を帯びた色合いは、レンブラントの作風を直截に連想させる、映像美に溢れたものとなっている。ただ、それは例えばデレク・ジャーマンの『カラヴァッジョ』などとは違って、空間と持続の隅々まで統制されたピクトリアルな映画にはなっていない。どこか不完全だったり、ずれていたり、俗悪なものやアナクロニックなもの(fuck多用の荒々しい話し方など)が侵入していたりで、曰く言いがたい違和感が残り続ける作品だった。
美術史トリビアとしてよく出てくる話だと思うが、『夜警』は実際には夜の情景を描いたものではない。古色ゆえに画面が黒ずみ、夜の場面という誤解が一般化したそうだ。だからこの映画の冒頭と最後に出てくる激しいテネブリスムの情景(暗闇を切り裂く松明の火)は、おそらく美術史的には正しいオマージュとは言えない、はず。
オンライン上にいくつか動画が。
http://jp.youtube.com/watch?v=nhpZJINplNY&feature=related
http://www.dailymotion.com/video/x49x7s_peter-greenaway-la-ronde-de-nuit-re_blog
下のスチールはちょっとヴィクター&ロルフっぽい。黒色の出し方が。
http://neodolce.vox.com/library/photo/6a00e398ac015f000200f48ce619630002.html