西洋との対話

三浦藤作『民衆藝術夜話』秀山堂文庫 趣味叢書1、1926年(大正15年)
これも書庫でたまたま見つけた一冊。少なくともこの時代から、「民衆芸術」という概念や「民衆教化・社会教育としての芸術教育」という発想のあったことが伺える書。「民衆芸術」のカテゴリに内包されるジャンルとして、例えば音楽・文学・演劇・美術あたりは西洋の伝統的芸術概念とも重なるし、落語などもまだ分かるが、活動写真(映画劇)まで含まれているのは目を引く。含まれているどころか、5章立て(うち最終章は短編随筆の寄せ集め)のうちの2章を映画に割いている。「民衆芸術」という括りの下に、伝統的な民間芸能や伝承と、同時代の大衆文化とが並置されているのだ。
「趣味叢書」というシリーズ名も面白い。大正教養主義の流れの中で刊行されたからだろうか。

社会教育の中で、美育が特に軽視せられて居ることは、甚だ残念である。其の方面を研究し、いくらか世の注意を促したいと、疾くから思つて居る。
併し、此の書は、さうした目的をもつて、わざわざ書いたものでない。夜話の名が内容をよく語る随筆随話である。折にふれて書きとめて置いた論文や感想を集めたものである。(著者序全文)

目次
1 民衆藝術と教育
 軽視せられて居る教育の一方面
 民衆藝術とは何か
 民衆藝術の要素 民話―民謡―民踊―民俗
 民衆藝術の種類 劇―文学―講談・落語―音曲―舞踏―美術
 民衆藝術と教育
2 民衆教化の資料としての日本の物語
 物語の性質
 日本の物語の特色 数が多い―類型的―単純―道徳的―淡白―小規模―浅薄―平凡
 日本の物語の内容 侠客伝―義賊伝―仇討物語―武勇伝―忍術談―怪談―政談―其の他
 民衆教化と日本の物語
3 活動写真論
 活動写真の進歩
 活動写真の内容
 活動写真の特徴
 活動写真に於ける個性
 活動写真の美感 活動感―夢幻感―刹那感―陶酔感
4 映画劇論
 映画劇の感化力
 映画劇の性質 映画劇の短所―映画劇の長所
 現今の映画劇
 映画劇の諸問題 脚本の問題―科白の問題―音楽の問題
5 大南北全集/籠の鳥/発見と構成と表現/ファンの世界/オペラ/民謡の新作/民衆美意識の標準/朝から夜中まで/天保水滸伝浪花節協会/三宅雪嶺氏の処女作戯曲/俗文藝と悪文藝/奇怪な藝術論、教育論其の1/奇怪な藝術論、教育論其の2/探偵小説/悪達者/泉鏡花の全集/講談の内容と民謡の歌曲/安中草三/民心を毒するもの/低級な教育センチメンタリズム/文学史上の白紙時代/似而非悪魔主義/唄の追憶其の1子守唄/唄の追憶其の2手毬唄/唄の追憶其の3機織唄/唄の追憶其の4地搗唄/唄の追憶其の5祭りのはやし/唄の追憶其の6源氏節/興味ある一問題/趣味と社会/興味本位の藝術/怪しい藝術教育の流行/國劇の前途/民謡の発生と伝播/剣と血と侠と残虐/日本の道徳史/歴史の虚妄性・小説の真実性/田舎芝居/残忍の藝術/懐古趣味/忠治と次郎長/三州侠客/ラヂオの童話

「三浦藤作」なる人物について、国立国会図書館のレファレンス共同データベースというページで、このようなQ&Aを見つけた。

管理番号:M07011713456684
質 問:三浦藤作の著作および略歴を知りたい。
回 答:『人物レファレンス辞典3 現代編 下』(日外アソシエーツ)によると、三浦藤作が明治から昭和期の倫理学者、著述家であることがわかる。『20世紀日本人名事典』(日外アソシエーツ)のp2388に略歴が掲載されている。1887年9月生まれ、没年は不明。愛知県出身で小学校教員を10年務め、のちに雑誌「帝国資料」の編集主任を務めている。著作は「西洋倫理学史」、「国民道徳要領講義」などがある。
http://crd.ndl.go.jp/GENERAL/servlet/detail.reference?id=1000033453

ちなみに、東大OPAC検索結果。一方Google検索で上がってくる情報によると、童謡の作詞や少年向けの偉人伝・児童戯曲集を手掛けた人物であるらしい(→児童書総合目録)。倫理学・教育学関連の学術的著作がほぼ1920年代、児童向け読本が1930年代であるから、驚くほど多才なのはもちろん、短期間に恐ろしい仕事量をこなしていたことになる。「早稲田大学百年史総索引」に名が挙がっているので、(同姓同名の別人でない限り)早稲田大学の出身者なのだろう。アカデミックな活動にも携わり著作もこれだけ多い人物が、「小学校教員を10年」という職歴で、挙句の果てには「没年不詳」という状態になっているのは謎だが。