西洋との対話

矢代幸雄関連の書籍を見つけようと書庫でカサコソしていたところ、地味に強烈な電波を発する一冊を発見。

東洋美と西洋美の問題、言ひ換へれば東洋趣味と西洋趣味の問題は現代の重要問題の一つであることは誰しも異論のないところであらう。然しこの問題は大東亜戦争の必然的勝利の過程へ入るに従つて兪々その重要さを増して行くべき問題である。その事情は意識的でないにしてもわが國の読書界が近年著しく芸術関係の書物を求め始めた事実にも顕著に現はれてゐると思ふ。わが同胞であつて目下の時局が更に発展して大東亜の文化的建設の段階に入ることを望まない者があらうか。さふいふ喜ばしい未来を迎へる準備には誰しも早く着手したいと思ふのである。況して大東亜戦争はその傍に建設工作が伴はなければ理想的展開を遂げないとさへ言はれるのだから尚更のことである。戦時の殺風景になり易い生活に潤ひを求める心が芸術や美術に向くともいはれる。[中略]
大東亜がその隅々まで最早西洋の植民地でなくなるのである。それは単に政治的の意味でさうなるだけでなく、名実共に具つてゐねばならぬ。それには東亜が自分に固有のものを充分発展させねばならぬ。東亜が世界文化の指導的地位を占めねばならぬ。それには東亜に固有のものを確保しながら、世界的ならねばならぬ。ところで東亜に固有なもののうちで殊に顕著なものの一つは芸術であると思ふ。そこで芸術に於いて東洋と西洋を本質的に究めたいといふ欲望が起るのである。
(鼓常良『東洋美と西洋美』敞文館、1933年。)

鼓常良は、戦前にゲーテやシラーの翻訳も行ったドイツ系の美学者。戦後はなぜかモンテッソーリ教育(個性や自発性を重んじる幼児教育メソッド、シュタイナー教育のイタリア版みたいなものか?)の日本への紹介に尽力したらしい。ウェブ上の検索ではオンライン書店ばかりが引っ掛かり、鼓の業績や思想体系について触れた情報は見つからなかった。
なお、戦時下でも西洋美術史や西洋美学に関連する書籍はそれなりに刊行されていたらしい。書庫には、トレーシングペーパーのような薄く透けた紙に印刷された、西洋美術史の本(1944年刊行)もあった。