・アンリ・ゼルネール(Henri Zerner)氏講演「アングル、ラファエッロ、フォルナリーナ」
ゼルネール氏はフランス・ルネサンス絵画を中心とする美術史研究者、現在はハーヴァード大で教鞭を取っている。

今日の講演は、19世紀のフランス画壇での「ラファエリスム」について。(偉大で純粋な芸術として、あるいはエロティックなイメージとして召喚されるラファエッロ。)アングルにおいて、ラファエッロの作品『聖母子(*)』の聖母マリアのイメージが、様々なヴァリアントを持つ「フォルナリーナ」像となり(**)、さらには(異教の)ヴィーナス(*)や(世俗的な)グランド・オダリスク*)へと変形していくプロセスについて。(ちなみにアングルは、『王座のナポレオン(*)』でも、床に敷かれたタペストリーの端の黄道十二宮の紋様の中に、ラファエッロの『聖母子』のコピーを紛れ込ませているそうだ。画面左下、天秤座の下。)

アングル自身は「classiqueであること」を志向しつつも、彼の生み出すデフォルメされた形態はその意図を裏切っていた点、また19世紀に過去の偉大な画家たちを称揚する絵画が流行した中でのアングルとラファエルの位置づけなど、会場との質疑応答の中で明らかになった問題点も面白いと思う。

例えば、16世紀にラファエッロを模写した銅版画制作で名を博したマルカントーニオ・ライモンディと比べると、アングルも他のラファエリスムの画家たちも、引用したイメージに変形を加えたり、あるいはオマージュとして要素の一部分だけを取り入れたりしているという違いがある。19世紀に生きた彼らが目指したのは、ラファエッロの忠実な模倣者たることでも、その手わざを模写によって体得することでもなかったのだろう。ラファエッロの描いたマリアや画家自身の像が、数世紀を経て再び画中に呼び出されるに至ったのは、もっと別の要因があるに違いない。

過去の画家が「巨匠」や「画聖」として聖別されていく過程や、過去の画家や作品(の一部)を引用しつつ、絵画作品内にイメージによる美術史記述を展開していく方法など、今日の講演を敷衍して興味を惹かれるテーマである。

著作メモ:Henri Zerner, Ecrire l'histoire de l'art : figures d'une discipline, Paris: Gallimard, 1997. (教養図・集密 709:Z58[YS] ) 美術史記述、そのディシプリンについて。