群島

マッシモ・カッチャーリ(Massimo Cacciari)のテクストや講演記録のうち、邦語のものに一通り目を通した。第一章で中断していた、"L'arcipelago"読解の補助線をいくつか見出す。

以下は、覚え書き用の抜粋。あくまでも個人的な関心に引き付けて、興味を持った箇所を切り取ったものであり、論考全体を視野に入れた上での均衡の取れた要約にはなっていないことに留意されたい。(斜線による強調は引用者。)

わたしの『群島』の考察はドイツの偉大な詩人のヘルダーリンの「群島」という詩から始めましたが、ヘルダーリンは無限に巨大なアジア大陸から出て、地中海に顔を向け、そこに半島ではなく、群島のイメージを見たのです。


海は島々をつなげ、かつ分かちます。


ギリシア語の「ポレモス」は[・・・]単に「戦争」という意味だけではなく「関係」という意味があります。つまり複数性を意味し、これは群島に繋がっていきます。[・・・]ヘゲモニー的意志は常に群島を否定し、一つの「帝国」にまとめようとします。多様な声を一つの声にしようとします。常にヨーロッパはこのような意志に対抗してきました。


中世の哲学者たちはこのヨーロッパ共同体を表す語として「同類の共同体」(コンムーニタス・アナロギアエ)というすばらしい言葉を持っていました。アナロジーとは、一つの言葉で語ることはできないが、同時にただ曖昧に並置されるものでもない要素の間に関係を定義しようとするものです。


もし、ヨーロッパが直面する問題をこの「群島性」のイデアと一貫性のある形で解決しようとしないなら、この思想[curiosita=他者への関心、ospitalita=歓待性]を発展させることはできないでしょう。もし、ヨーロッパが固い大地となり、中央集権的、官僚的になり、都市や地方からなる「群島」の補完性を見失ってしまうなら、どうしてこの思想、この使命を世界に提示できるでしょうか。


(マッシモ・カッチャーリ「群島としてのヨーロッパ」八十田博人訳、『現代思想』2002〓8)

[・・・]作曲家ルイジ・ノーノの音楽は、40以上の島からなるヴェネツィアの街そのものであるかのようだ。「動かない土地」と呼ばれる本島とその他の「群島」との間に海という媒介物によって打ち立てられた緩やかな共同体組織。ヴェネツィアの群島的特質はそのままノーノの音楽にもあてはまる。


『イントレランツァ』での[・・・]互いに対面する位置で呼び交す声と声の対話は、16世紀のサン・マルコ寺院で慣例化していた「複合唱」の形式を思い起こさせる。こうした音楽的特性は、実のところ、「広さ」や「距離」という空間概念と密接に結びついているのだった。広い跳躍音程は、まさに音楽用語そのものとして空間的広さと同列の概念である。また、強弱の大きな隔たりや歌唱対叫びというコントラストも、個々の要素が属する空間が互いに離れていて異質のものなのである、という離散的異種並存状態を指し示している。


スペイン市民戦争、アルジェリアの炭坑事件と国家的危機、仏領インドシナの民族独立の問題など、現実に起こっている様々な出来事は、ノーノの言葉によれば、「文化伝統や神経組織に刷り込まれた心理的洞察における種々の葛藤」なのであり、これらの葛藤は「偶然の関係性によって集まり、組み合わされている」。そしてこの並置状態を、ノーノは「絵画的」と呼んだ。


ブレヒト、エリュアール、マヤコフスキーらのテクストからの引用をちりばめた『イントレランツァ』の台本では、複数の異なる物語がノンリニアに持ち込まれて来るが、そうしたテクストの複次性は、舞台空間の多次元的活用にも結びついた。
舞台空間を埋め尽くすようなマルチ・スクリーン・プロジェクションには、いくつものスライドやショート・フィルムが映し出された。そこに出て来る映像は、仔細なリハーサル風景やスローガンを掲げたマニフェストなどの記録と断片が並べ替えられ、形を変えられたものである。


(水野みか子「ヴェネチア〓ノーノ〓カッチャーリ」
http://www.jia-tokai.org/sibu/architect/2003/0310/ongaku.htm

欧州統合のプロジェクトが内包するイデオロギーを批判的に乗り越えるための理念(あるいはベンヤミンの言う「弁証法的形象」)が「群島」であるのだとしたら、それはプロジェクトを裏切るプロジェクト、統合を欠いた統合という、内的に複数化されたユートピアのイメージにほかなるまい。『群島』はそのようなイメージとしての「ヨーロッパ」を想起しようとする試みだった。


ヴァールブルクの「ムネモシュネ」とはイメージ記憶の「群島」ではないだろうか


田中純「マッシモ・カッチャーリ来日に寄せて」
http://www.kojinkaratani.com/criticalspace/old/special/tanaka/020225.html