『ヨハネス・イッテン造形芸術への道』

「主観的色彩」という概念、また色彩や輪郭は「差異」によって知覚されるという理論が面白い。フランスの芸術学者ティエリー・ド・デューヴは、ドローネー夫妻らの抽象絵画の背後にあるシュヴルールの色彩理論(「色彩の同時性」)が、ソシュール言語学記号論体系とパラレルなものであると指摘しているが、イッテンの色彩論にも当て嵌まるかもしれない。「主観的」な色彩という概念と、バウハウスの同僚でもあったカンディンスキーによる綜合芸術論(「芸術における精神的なもの」など)との関連も気になる。

『リヒャルト・パウル・ローゼ展』
スイスを代表するグラフィック・デザイナーらしい。分割による画面構成や色彩の用い方は、イッテンとも通底性があるように感じられたのだが、やはり彼のデザインの源流にはバウハウス構成主義があるという。それにしても、画面構成の均衡の取り方や異なる色彩の合わせ方は見事だった。

『ハピネス:アートにみる幸福への鍵』
「レジャー」「レクリエーション」「祝祭」「テーマパーク」といった感のあるエキシビション。ハマトリ(横浜トリエンナーレ)的なノリというか。

四つのテーマ(アルカディアニルヴァーナ、デザイア、ハーモニー)というテーマと、ピックアップされた作品が微妙に合っていないように思われた。(勿論、「時系列」や「地域」、あるいは既存の美術史学によって分節化された「流派」に縛られた展示しかできない展覧会が未だに多いことを考えれば、革新的な企画なのだが。)テーマから見て、当然あってもよいと思われる作品もない。(例えば、「アルカディア」のセクションには、肝心のプッサンの『アルカディアの牧人』を初めとする「理想的風景画」の系譜が殆どなかったし、マネの『草上の昼食』のヴァリエーションが展示されているコーナーでは、マネの作品は下絵素描のみ、元ネタ(?)のティッツィアーノ『田園の奏楽』は展示されていない。)

勿論、主催者側の予算、あるいは作品保護や別の展覧会への貸し出しスケジュールとの関係で借りられない作品はたくさんあるだろう。しかし、固有のコレクションをもつ西欧の大ミュージアムや、あるいは国立の「西洋美術館」ならいざ知らず、森美術館のようなコンセプトのところであれば、デジタルコピーを利用した展示などを考えても良かったのではないだろうか。とあるシンポジウムで科学哲学者の三浦俊彦氏も指摘していたが、そろそろ「オリジナル・フェティシズム(オリジナル作品に対する無批判な崇拝)」から脱却する方向で展覧会を企画するミュージアムが出てきてもいいのになあ、などと人ごみの中でとりとめもなく考えた展覧会だった。