日比谷のシャンテ・シネへ行き、『10ミニッツ・オールダー イデアの森』を見る。


8人の監督によるオムニバス映画。テーマがテーマだけに、「時間」に纏わる思索を(直球で)追求した作品が並んだ中で、移民問題――自己と、自己の領域内に入ってくる他者の問題――について掘り下げていたクレール・ドゥニの作品『Vers Nancy 』が印象に残った。

著名な哲学者ジャン=リュック・ナンシー(本人)と、移民である若い女性(アナ・サマルジャという女優らしい)の二人が、列車のコンパートメントで向かい合って会話をしている。若い女性が被っているキャスケットまで含めて、ジャン=リュック・ゴダールの『La Chinoise(中国女)』の中のワンシーン――人民帽風のキャスケットを被ったアンヌ・ヴィアゼムスキーと、彼女のソルボンヌ(だったはず)時代の指導教官であった哲学者フランシス・ジャンソンが、コンパートメントで向かい合って議論をしている場面――を髣髴とさせる設定だ。(日本のサイトを見る限りでは情報がないが、このオムニバスにも参加しているゴダールへの明示的なオマージュなのだろう。Vers Nancy(地名としてのナンシー)→Jean-Luc Nancy→Jean-Luc Godardというちょっとした言葉遊びも連想できて楽しい。)

フランス人であるナンシーと移民してきた若い女性が向き合って対話している空間の中に、フィルムの終盤、外の廊下にいた黒人男性が入って来て会話に参加するという、移民問題を二重に象徴しているような筋書きだ。ナンシーは一年ほど前に心臓の移植手術をしているはずで、ここでも「他者性を帯びたものの、自己の場への侵入と共存」という問題系が反復されているのかもしれない。

ナンシーが語っていた、「他者との違いをそのまま認めようという今日の支配的な態度が、かえってその<違い>を抑圧してしまうのではないか」という主旨の一節が、印象に残った。(ちなみにナンシーのフランス語は、初学者にも非常に分かり易い。職業的に身に付いた講義口調だろうか。)

++++++

8本の短編の最後を飾ったのはゴダール。あまりにも多くの人々が論じてきた、殆ど神格化された存在の監督であり、自分がゴダールについて語るなどというのは非常におこがましい気がしてつい身構えてしまうのだが、やはりこうして並べてみると彼の作品は群を抜いている。ゴダール自身の数々の作品、それから過去のジェノサイド映像が、「・・・の最後の瞬間(les dernieres minutes de ・・・)」と白抜きされた字幕を挟んでカットアップされるという、彼一流の手法が駆使されたフィルム。「・・・の最後の瞬間」には10のヴァリエーションがあるのだが、「永遠の 最後の瞬間」という言い回しがとりわけ面白いと思った。